持病の治療やケガの療養で休職しながら定年を迎える人にとって、傷病手当金を受け取りながらの退職は、通常の定年退職とは違う判断が必要になる。退職日をいつにするかによって、退職後も傷病手当金を受け取り続けられるかどうかが変わってくるため、就業規則上の定年日をそのまま受け入れる前に、健康保険の継続給付の要件を確認しておく必要がある。定年の年齢に達したからといって、体調の回復状況を無視して退職日を機械的に決めてしまうと、あと数日、退職日をずらすだけで受け取れたはずの給付を取りこぼすことがある。
傷病手当金の継続給付の要件
健康保険の傷病手当金は、本来は在職中の被保険者に対して支給される制度だが、一定の条件を満たせば退職後も継続して受け取れる「資格喪失後の継続給付」という仕組みがある。条件は大きく2つで、ひとつは退職日までに健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること、もうひとつは退職日(資格喪失日の前日)の時点で、実際に傷病手当金を受給しているか、受給できる状態にあることだ。この2つ目の条件が見落とされやすく、退職日の設定を誤ると継続給付を受けられなくなる。
「受給できる状態」とは何を指すか
傷病手当金は、同一の病気やケガで連続する3日間の待期期間を経た後、4日目以降の休業について支給される。退職日の時点でこの待期期間が完成していない場合、退職日当日に傷病手当金を受給していなくても、受給の要件(労務不能であること、給与の支払いがないことなど)を満たしていれば継続給付の対象になる。逆に、退職日の直前に一時的に出社して業務に復帰していた期間があると、退職日時点で「労務不能」と認められず、継続給付の対象外になることがある。定年の月に体調を見ながら出社と休職を繰り返していた人は、退職日をどのタイミングに設定するかによって、この判定が変わってくる。主治医の診断書や、休職中の出社記録を健康保険組合に提出する必要があるため、退職日を決める前に、直近の出社状況を自分でも時系列で整理しておくと、継続給付の審査で説明がしやすくなる。
退職日を早めるか遅らせるかの判断
就業規則で定年日が「誕生日の属する月の末日」などと定められている会社が多いが、休職中で傷病手当金を受給している人は、会社と相談のうえで退職日を前後にずらせる場合がある。退職日を遅らせて継続給付の要件(被保険者期間1年以上、退職日時点で受給中であること)を確実に満たす形にするか、逆に体調の回復が見込め、退職後は国民健康保険や家族の扶養に入る予定であれば、通常どおりの定年日で問題ないこともある。定年前の会社との交渉の進め方を踏まえて、人事担当者や健康保険組合の窓口に、休職中の退職日設定について早めに相談しておくと選択肢を確保しやすい。
支給額の目安と受け取れる金額の変化
傷病手当金の1日あたりの支給額は、直近12か月の標準報酬月額の平均を30で割った額(標準報酬日額)のおよそ3分の2にあたる。たとえば標準報酬月額が36万円だった人であれば、標準報酬日額は約1万2000円で、傷病手当金は1日あたり約8000円、1か月(30日)で約24万円が目安になる。退職後の継続給付でもこの金額の計算方法は変わらないが、退職前の標準報酬月額をもとに固定されるため、退職後に金額が改定されることはない。傷病手当金は非課税の給付であるため、所得税や住民税の課税対象にはならないが、翌年の住民税や国民健康保険料の算定基礎になる前年所得には含まれない点も、退職後の家計を見積もる際に押さえておくとよい。
支給される期間の上限にも注意する
傷病手当金は、同一の病気やケガについて支給を始めた日から通算して1年6か月が上限になっている(2022年1月の制度改正で、それ以前の「支給開始から1年6か月以内」という暦日ベースの計算から、実際に支給された日数の通算に変わった)。定年退職の時点で、すでに支給開始からどのくらいの期間が経過しているかを健康保険組合に確認しておかないと、退職後の継続給付が受けられる残り期間を見誤ることがある。ある元経理職の63歳女性は、腰の手術のため休職しながら定年を迎えたが、支給開始からすでに1年2か月が経過していたことに気づかず、退職後も長期間受け取れると思い込んでいた。実際には退職後4か月で支給期間の上限に達し、その後の生活費の見通しを急きょ立て直すことになった。退職前に健康保険組合へ支給済み日数を照会していれば、残り期間を踏まえた資金計画を早い段階で立てられたという。この女性のように、休職と復職を数か月単位で繰り返していると、支給開始日そのものがいつだったかを本人も忘れてしまうことがあるため、健康保険組合に発行してもらえる支給決定通知書の控えを手元に残しておくと、経過期間を確認しやすい。
退職後の傷病手当金と失業給付は同時に受け取れない
傷病手当金の継続給付を受けている期間は、働ける状態にないと判断されているため、雇用保険の失業給付(基本手当)の申請はできない。傷病手当金の支給が終わり、体調が回復してから求職活動を始める場合は、ハローワークで受給期間の延長手続きを取ることで、本来の受給期間(離職日の翌日から1年間)を最大3年間延長できる。退職時点で体調の見通しが立たない人は、この受給期間延長制度の申請時期(働けない状態が30日以上続いた日の翌日から、延長後の受給期間の最後の日まで。ただし申請が遅れると受給できる日数が残らない場合がある)も、退職前に把握しておくと退職後の手続きが遅れにくい。
健康保険の切り替えとあわせて考える
継続給付の対象になる場合でも、退職後の医療保険そのものは任意継続被保険者制度や国民健康保険、家族の扶養のいずれかを選ぶ必要がある。退職後の健康保険の切り替えを検討する際、傷病手当金の継続給付を受けている間は在職時と同じ健康保険組合の被保険者ではなくなるため、任意継続を選ぶか国民健康保険を選ぶかは、傷病手当金の受給とは別に判断する必要がある。退職前に健康保険組合の窓口で、継続給付の申請書類と、退職後の保険証がどう切り替わるかを合わせて確認しておく。退職前に相談すべき窓口のチェックリストを使うと、健康保険組合、人事担当者、ハローワークとそれぞれ何を確認すべきかを整理しやすくなる。
よくある質問
Q. 退職日をずらせば必ず継続給付を受けられますか。
A. 退職日をずらすだけでなく、被保険者期間1年以上、退職日時点で労務不能の状態にあることなど、複数の条件を満たす必要がある。会社の健康保険組合に、自分のケースで条件を満たせるかを個別に確認しておく。
Q. 継続給付の申請はどこに出せばいいですか。
A. 在職中に加入していた健康保険組合または協会けんぽの窓口に申請する。退職前に一度申請書式を取り寄せ、医師の意見書欄など記入に時間がかかる項目を早めに準備しておくと手続きがスムーズになる。
Q. 傷病手当金の支給が終わったらどうすればいいですか。
A. 体調が回復し就労可能になった時点で、ハローワークに雇用保険の受給期間延長の取り消しを届け出て、失業給付の受給手続きに進むことができる。回復の見込みが立った段階で早めにハローワークの窓口担当者に相談しておくと手続きの流れがつかみやすい。
実際に傷病手当金を受給しながら退職タイミングを調整した体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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