「退職して時間に余裕ができたはずなのに、なぜか常にだるい」という声は、60代の定年退職者からしばしば聞かれます。単なる加齢による疲れやすさだと自己判断してしまいがちですが、その背景に貧血や隠れた持病が潜んでいることも少なくありません。厚生労働省の調査では、60代以降は鉄欠乏性貧血だけでなく、慢性疾患に伴う貧血や造血機能の低下による貧血の頻度が高まるとされています。ここでは60代の定年退職者に向けて、貧血と慢性疲労のセルフチェック方法と、内科での具体的な対策を紹介します。
加齢とともに増える貧血の種類
貧血には、鉄分不足による鉄欠乏性貧血、胃や腸からの慢性的な出血による貧血、腎機能低下に伴う腎性貧血、骨髄の機能低下による再生不良性貧血などさまざまな種類があります。
60代以降で特に注意が必要なのは、大腸がんや胃潰瘍など消化管からの慢性的な出血が原因となっている貧血です。ある元教員の65歳男性は、階段を上るだけで息切れがするようになり、顔色の悪さを家族に指摘されて内科を受診したところ、ヘモグロビン値が9.8g/dLまで低下していることが分かりました。精密検査の結果、大腸内視鏡検査で早期の大腸ポリープからの出血が原因と判明し、「疲れやすいのは年齢のせいだと思い込んでいた。まさか貧血の原因が腸の病気だったとは思わなかった」と振り返っています。
貧血の基準値とセルフチェック
世界保健機関(WHO)の基準では、ヘモグロビン値が男性で13.0g/dL未満、女性で12.0g/dL未満の場合に貧血と判定されます。自覚できるサインとしては、立ちくらみやめまい、動悸、息切れ、爪が反り返るスプーンネイル、まぶたの裏側の色が白っぽくなる、疲れやすさが慢性的に続くといった症状があります。まぶたの裏(眼瞼結膜)を鏡で確認し、通常のピンク色より白っぽく見える場合は貧血のサインである可能性が高く、症状に気づいたら内科での血液検査が具体的な確認方法になります。
慢性疲労と見分けにくい病気
疲労感が続く原因は貧血だけでなく、甲状腺機能低下症、睡眠時無呼吸症候群、糖尿病、うつ状態などさまざまな病気が隠れていることがあります。甲状腺機能低下症は代謝が全体的に落ちる病気で、疲労感に加えて寒がり、むくみ、体重増加といった症状を伴うことが特徴です。血液検査で甲状腺刺激ホルモン(TSH)の数値を確認することで診断がつきやすく、貧血の検査と同時に調べてもらうことができます。ある元経理職の62歳女性は、退職後に強い倦怠感と寒がりが続き、体重も増えてきたため内科を受診したところ、貧血ではなく橋本病による甲状腺機能低下症と診断され、ホルモン補充薬の服用で半年後には倦怠感がほぼ解消したといいます。
鉄欠乏性貧血への具体的な食事対策
鉄分にはレバーや赤身肉、魚に含まれ吸収率の高いヘム鉄と、ほうれん草やひじき、大豆製品に含まれ吸収率の低い非ヘム鉄の2種類があります。非ヘム鉄はビタミンCと一緒に摂ることで吸収率が高まるため、ほうれん草のおひたしにレモンを絞る、鉄分の多い小松菜炒めに柑橘系のドレッシングを添えるといった工夫が効果的です。逆に緑茶やコーヒーに含まれるタンニンは鉄分の吸収を妨げるため、食事の直後にお茶を飲む習慣がある場合は、食後30分程度時間を空けると吸収率を保ちやすくなります。厚生労働省の食事摂取基準では、60代男性の鉄推奨量は1日7.5ミリグラム、女性(月経のない年代)は6.5ミリグラムとされています。
内科での検査と治療の流れ
貧血の疑いがある場合、まず血算(血液一般検査)でヘモグロビン値や赤血球の大きさを調べ、貧血の種類を絞り込みます。鉄欠乏性貧血が疑われる場合は血清鉄やフェリチン値を測定し、体内の鉄の貯蔵量を確認します。原因が食事からの鉄分不足だけでなく、消化管からの出血が疑われる場合は、胃カメラや大腸内視鏡検査で出血源を調べることになります。定年前の人間ドックで貧血の指摘を受けていた場合は、その結果も持参すると診断の参考になります。治療は鉄剤の内服が基本ですが、胃腸障害を起こしやすい人には注射による鉄剤補充が選択されることもあります。鉄剤の効果は服用開始から2〜4週間で数値に表れ始めるため、自己判断で服用を中断せず、医師の指示通りに継続することが回復への近道です。
いびきや睡眠の質が疲労感の原因になることもある
貧血や甲状腺の数値に異常がない場合、睡眠時無呼吸症候群が慢性疲労の原因になっていることもあります。ある元運送業の64歳男性は、健診でヘモグロビン値もTSH値も正常と分かったにもかかわらず、日中の強い眠気と倦怠感が続いていたため、かかりつけ医の勧めで睡眠外来を受診したところ、睡眠時無呼吸症候群と診断されました。妻からは以前から大きないびきと呼吸が止まる瞬間を指摘されていたものの、本人には自覚がなかったといいます。「血液検査で異常がないと言われて、原因が分からず困っていた。まさか寝ている間の呼吸が疲労の原因だったとは思わなかった」と話しており、CPAP(持続陽圧呼吸療法)による治療を始めてから日中の眠気が大幅に改善したそうです。このように、疲労感の原因が血液検査だけでは見つからない場合、睡眠の質そのものを専門の医療機関で調べることが解決の糸口になることがあります。退職後の運動習慣づくりで紹介しているような日中の活動量を増やす工夫も、夜の睡眠の質を底上げするうえで役立ちます。
生活習慣による疲労回復のサポート
貧血や病気が見つからない場合でも、睡眠の質の低下や運動不足が慢性疲労の一因になっていることがあります。退職後は睡眠リズムが薄れやすく、日中の活動量が減ることでかえって夜の睡眠が浅くなる悪循環に陥ることもあります。日中に太陽光を浴びる時間を作り、朝のラジオ体操週間のような軽い運動を取り入れることで自律神経のバランスが整い、疲労感が軽減されるケースも報告されています。慢性的な疲労感が続く場合は、貧血や甲状腺の検査に加えて、生活リズム全体を見直す視点も回復の助けになります。
あわせて気になりやすい他の体調の変化
定年退職後は貧血や慢性疲労以外にも、体調面の小さな変化が気になりやすくなります。食生活が変わって尿酸値が気になる場合は痛風・高尿酸血症の食事管理と発作を防ぐ対策、肩の動かしにくさを感じる場合は五十肩・四十肩のセルフケアと整形外科での治療の流れが参考になります。また、頻尿や尿もれが気になり始めた場合は頻尿・尿もれ、年齢とともに増える悩みへの対処法、季節によって症状が出やすい花粉症・アレルギーについては花粉症・アレルギーとの付き合い方で詳しく紹介しています。退職後の生活そのものに後悔を感じやすい時期については定年後1年で感じる後悔とその対処法も参考になります。
よくある質問
Q. 貧血と診断されたら鉄分の多い食事だけで改善できますか。
A. 軽度の鉄欠乏であれば食事の改善だけで数値が回復することもありますが、ヘモグロビン値が大きく低下している場合は食事だけでは回復に時間がかかりすぎるため、鉄剤による治療が併用されることが一般的です。原因疾患がある場合はその治療が優先されます。
Q. 男性でも貧血になることはありますか。
A. 貧血は女性特有の症状と思われがちですが、男性は月経による出血がないぶん、貧血が見つかった場合に消化管からの慢性出血など別の病気が隠れている可能性が女性より高いとされています。男性の貧血は原因の精査がより重要になります。
Q. 健診でヘモグロビン値が基準値ぎりぎりでした。経過観察でよいですか。
A. 基準値ぎりぎりであっても、数年前の数値と比較して低下傾向にある場合は、原因を確認しておく方が安心です。健診結果を経年で見比べ、下降傾向が続くようであればかかりつけ医に相談し、追加の血液検査を受けることが望ましいとされています。ヘモグロビン値の推移は季節の健康管理の記事で紹介している健康記録の付け方と同じように、手帳やアプリに残しておくと数年単位の変化を追いやすくなります。
実際に貧血・慢性疲労のセルフチェックと対策の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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