定年退職してしばらく経つと、平日の昼間に街を歩いていて、働いている人たちを見るたびに「自分だけ社会から外れてしまった」ような感覚を覚える人がいる。電車の中で疲れた顔のビジネスマンを見て羨ましさすら感じたり、近所の人に「今、何をされているんですか」と聞かれて答えに詰まったりする場面が、疎外感を強める要因になりやすい。肩書き喪失感や孤独感との向き合い方とも関わる、退職後に感じる社会からの疎外感について、なぜ生まれるのか、どう向き合えばよいのかを具体的に整理する。
なぜ退職後に社会から疎外されているように感じるのか
会社員として働いていた期間は、名刺の肩書き、給与明細、通勤定期券など、自分が社会の一部として機能していることを示す「目に見える証拠」が日常のあちこちにあった。退職するとこうした証拠が一斉に消え、自分が社会の中でどのような位置にいるのか、実感を持ちにくくなる。日本社会では特に「仕事をしていること」が社会的な所属の証と見なされやすい傾向があり、平日の昼間に働いていない状態そのものが、周囲の視線を気にする材料になってしまう人も少なくない。これは実際に社会から排除されているというより、これまで「仕事」という物差しで自分の社会的な位置を測ってきたことの裏返しであり、多くの退職者が経験する感覚である。
疎外感が具体的にどんな場面で強まるか
平日昼間の外出時
スーパーや図書館、公園など、平日昼間は現役世代が少なく、高齢者や乳幼児連れの親子が中心になる。この年齢構成の偏りを目にするたびに、「自分は現役世代の輪から外れた」という感覚を持つ人がいる。
初対面の人との会話で職業を聞かれたとき
「お仕事は何をされていますか」という何気ない質問に、「無職です」「もう引退しました」と答えることに抵抗を感じる人は多い。以前の肩書きで自己紹介したい気持ちと、今の状況を正直に伝えたい気持ちの間で揺れ動き、そのたびに疎外感が刺激される。
年金や医療などの制度上の扱いで「高齢者」に区分されたとき
後期高齢者医療制度の案内や介護保険料の通知など、制度上「高齢者」として扱われる書類を受け取るたびに、現役世代との違いを突きつけられたような気分になる人もいる。
社会からの疎外感と向き合う具体的な方法
「仕事」以外の物差しで自分の役割を定義し直す
疎外感の根っこには「仕事=社会とのつながり」という価値観がある。町内会の役員、ボランティア活動の担当、孫の送り迎えなど、仕事以外の場面でも「自分が担っている役割」は十分に存在する。自治会になじむことやNPO・市民活動への参加を通じて、仕事以外の肩書きを1つ持っておくと、社会とのつながりを実感しやすくなる。
平日昼間の「同じ立場の人」とつながる
疎外感は「自分だけが取り残されている」という孤立した感覚から強まりやすい。平日の昼間に活動しているシニア向けの講座やサークルに参加すると、同じような立場の人たちと出会い、「自分だけではない」と実感できる。趣味のサークル探しや地域の生涯学習講座は、こうした出会いの場として利用しやすい。
社会参加の形を「雇用」以外にも広げて考える
再就職だけが社会参加の手段ではない。シルバー人材センターへの登録や観光ガイドボランティア、図書館の読み聞かせボランティアなど、報酬の有無にかかわらず、社会と関わる方法は多岐にわたる。「働いていないから社会から外れている」という発想そのものを見直す視点を持つと、疎外感の質が変わってくる。
ある電力会社で37年間、設備管理の仕事に携わっていた64歳の男性は、退職後半年ほど経ったころ、近所のコンビニで店員に「お仕事の休みですか」と聞かれ、答えに詰まったことがきっかけで、自分が社会から取り残されているような感覚に強く悩まされるようになった。「毎日が休みだと言うのも情けなく、かといって嘘をつくわけにもいかず、その場をごまかすように会釈だけして店を出た」という。その経験をきっかけに、市の広報誌で見つけた防災士の資格取得講座に申し込み、資格取得後は地域の防災訓練で説明役を担うようになった。「『防災士の〇〇です』と名乗れる場ができたことで、仕事をしていないことへの引け目がずいぶん和らいだ。人と話すときも、以前より前向きな気持ちで名乗れるようになった」と話している。妻からも「最近、表情が明るくなった」と言われるようになり、自分でも人前に出ることへの抵抗感が少しずつ薄れているのを感じているという。
デジタル面での疎外感にも目を向ける
社会からの疎外感は、対面のやり取りだけでなく、キャッシュレス決済やスマートフォンでの各種手続きが当たり前になった社会の変化からも生まれる。現役時代は会社の若手社員が新しいツールの使い方を教えてくれる機会があったが、退職後は自分で調べて対応しなければならず、行政手続きのオンライン化やスーパーのセルフレジに戸惑ううちに、「時代についていけていない」という疎外感が重なることもある。市区町村やシルバー人材センターが開催するスマートフォン講座に参加し、基本的な操作を身につけておくと、こうした場面での戸惑いが減り、疎外感の一因を取り除くことができる。
また、地域によっては商工会議所や公民館が高齢者向けのIT相談窓口を設けている場合もあり、家族に聞きづらい操作の疑問をその場で解消できる。商工会議所の相談員のように、地域の相談窓口を活用する退職者向けの支援制度を把握しておくと、いざというときに頼れる先があるという安心感につながる。
制度上の「高齢者」区分との付き合い方
医療保険や年金の制度上、65歳や75歳といった年齢を境に区分が変わることは避けられない。しかしこれは行政上の分類であり、本人の社会的な価値や活動の幅を規定するものではない。制度上の区分と、自分自身が実際にどう社会と関わっているかは別の話だと切り分けて考えると、通知書類を受け取るたびに落ち込む頻度が減っていく。介護保険料の通知が届いたことをきっかけに、将来の備えとして地域の介護予防教室に参加し始めたという人もおり、区分の変化を新しい活動を始めるきっかけとして捉え直す人も少なくない。
よくある質問
Q. 「無職です」と答えるのがつらいのですが、どう自己紹介すればよいですか。
A. 「今は地域のボランティアをしています」「〇〇の講座に通っています」など、現在取り組んでいる具体的な活動を伝える形にすると、職業の有無にとらわれずに自己紹介しやすくなる。活動が特にない場合は、これから始めたいことを1つ具体的に言葉にしておくと会話の糸口になる。
Q. 疎外感が強くて外出自体がおっくうになっています。
A. 外出そのものへの抵抗が2週間以上続き、日常生活に支障が出ている場合は、単なる疎外感を超えた状態の可能性もある。かかりつけ医や地域包括支援センターに相談し、状態を確認してもらう段階といえる。
Q. 家族に疎外感を理解してもらえません。
A. 家族から見れば「毎日自由でいいね」と映りがちだが、本人にとっては社会的な立ち位置を見失う不安が伴う。「肩書きがなくなったことで、自分の居場所が分からなくなる感覚がある」と具体的に言葉で伝えると、家族の受け止め方も変わりやすい。
実際に退職後の社会からの疎外感を乗り越えた体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 定年退職は、この社会的フレイルが一気に進みやすい大きな転機になる。それまで毎日顔を合わせていた同僚がいなくなり、通勤という強制的な外出の機会も失われる。退職後に感じる社会的な孤立感は、フレイルの入り口になりかねない問題として捉えておく必要がある。 […]