定年退職して肩書きがなくなったはずなのに、元の職場の後輩や、親戚の若い世代から今も「先輩」と呼ばれ続けることがあります。会社という組織を離れた以上、上下関係を示す呼び方も自然と消えていくものだと思っていたら、意外とそうはならない。この呼び方には、敬意を示してもらえる嬉しさと、まだその立場にしがみついているような妙な据わりの悪さが同居しています。ここでは、この複雑な感情の正体と、それとどう付き合っていけばよいかを考えます。
呼び方が変わらないのはなぜか
「先輩」という呼称は、会社という組織の中で長く積み重ねられた関係性の呼び名であり、退職という制度上の区切りが来たからといって、相手の中の呼び方の習慣まで自動的に切り替わるわけではありません。とくに10年以上同じ職場で接してきた後輩にとっては、退職後の元上司を「〇〇さん」と呼び直すこと自体が、むしろ不自然でよそよそしく感じられることがあります。呼び方を変えないことは、相手なりの敬意の表し方であり、悪意があるわけではありません。ただ、呼ばれる側からすると、組織上の立場はすでに消えているのに、呼び方だけがそのまま残っているという状態に、居心地の悪さを覚えることがあります。
親戚間での「先輩」に近い呼び方
職場だけでなく、甥や姪、若い親戚から「〇〇のおじさん」ではなく、現役時代の役職名や、地域活動での立場をもとにした呼び方をされ続けることも似た構造です。呼ぶ側にとっては、その人を表す一番分かりやすいラベルが、現役時代の肩書きのまま固定されているだけであり、本人の現在の状況を軽んじているわけではありません。
嬉しさと違和感が同時に来る理由
「先輩」と呼ばれ続けることが嬉しく感じられるのは、それが過去の関係性の中で確かに積み上げてきたものが今も認められている証だからです。長年一緒に働いた後輩から今も頼られている、教わったことを覚えていてもらえている、という感覚は、退職によって失われがちな「誰かの役に立っている実感」を埋めてくれる面があります。一方で違和感を覚えるのは、その呼び方が、本人が今まさに手放そうとしている過去の役割に、外側からもう一度引き戻すような働きをするためです。退職を機に、会社員としての自分ではない新しい過ごし方を模索している最中に、「先輩」という呼び方が繰り返されるたびに、まだ現役時代の自分を演じ続けなければいけないような感覚に陥る人もいます。
実際の声
ある65歳の男性は、退職して2年経った今も、月に一度集まる元同僚の飲み会で「先輩」と呼ばれ続けています。最初はそれが心地よかったものの、次第に「先輩として何か気の利いた話をしなければ」という無言のプレッシャーを感じるようになり、飲み会に行くこと自体が少し億劫になったと話しています。呼ばれること自体は嫌ではないのに、その呼び方に紐づく役割期待まで一緒に背負ってしまっていたことに、しばらくしてから気づいたといいます。
肩書き喪失感・年下上司との関係との共通点
この感覚は、退職によって役職や肩書きを失うことへの喪失感や、逆に再雇用先で年下の上司の下で働くことへの戸惑いとも根っこの部分でつながっています。どちらも「過去に自分が積み上げてきた立場と、今の実際の立場との間にずれがある」という点で共通しており、そのずれをどう受け止めるかが問われる場面です。違うのは、肩書きの喪失や年下上司との関係は組織の中で強制的に立場が変わる出来事であるのに対し、「先輩」と呼ばれ続けることは、周囲が善意で過去の立場を保ち続けてくれているという点です。同じ「過去の立場との向き合い方」というテーマでも、相手の好意によって生まれるずれには、腹を立てる先も、解消すべき制度もないという難しさがあります。
呼び方をどう扱うか、極端に振れない考え方
この違和感への対処として、「先輩と呼ぶのはやめてほしい」とはっきり伝える人もいれば、逆に「先輩と呼ばれる以上はそれらしく振る舞わなければ」と役割を律儀に演じ続ける人もいます。しかし、どちらの極端も実際にはうまくいかないことが多いようです。呼び方をやめさせようとすると、相手は悪気がないだけに戸惑い、関係がぎこちなくなることがあります。逆に呼ばれるたびに役割を演じ続けようとすると、本人が疲弊し、集まりそのものを避けるようになってしまいます。
実際にうまく付き合えている人に共通しているのは、呼び方自体は受け流しながら、話す内容や振る舞いは今の自分のペースに合わせるという姿勢です。「先輩」と呼ばれても、必ずしも先輩らしい助言や気配りを返す義務はなく、ただ一人の元同僚として普通に会話をすればよい、と割り切っている人ほど、こうした集まりを長く楽しめている印象があります。呼び方は相手が選ぶもの、振る舞いは自分が選ぶもの、と役割を分けて考えると、どちらか一方に無理をさせずに済みます。
時間の経過とともに変わっていくもの
興味深いのは、退職から5年、10年と時間が経つにつれて、呼び方自体も自然に変化していく例が多いことです。最初は「先輩」と呼んでいた後輩も、互いの生活が変わり、会う頻度や話す内容が変わっていく中で、いつの間にか名前で呼ぶようになっていたり、逆にニックネームのような呼び方に落ち着いたりすることがあります。呼び方の変化を無理に急かさなくても、関係性が実際に変わっていけば、呼び方は後からついてくるものだと捉えておくと、今の違和感に必要以上に構えずに済みます。
地域や趣味の場で新しい呼ばれ方を得る
「先輩」という呼び方が過去の立場に結びついているのだとすれば、退職後に新しく始めた場では、それとは違う呼ばれ方が生まれてくることもあります。地域のボランティア活動や趣味のサークルで知り合った人からは、会社員時代の肩書きとは無関係に、名前や活動上の役割だけで呼ばれることが多く、そこでは「先輩」という言葉にまつわる複雑さを持ち込まずに済みます。元の職場との関係を大切にしながらも、それとは別の呼ばれ方をされる場を複数持っておくと、「先輩」という呼び方に自分の人間関係全体が偏らずに済み、結果としてその呼び方自体も軽く受け止められるようになっていきます。
よくある質問
Q. 「先輩」と呼ばれるのをやめてほしいと伝えてもよいのでしょうか。
A. 伝えること自体は問題ありませんが、相手に悪気がないケースがほとんどなので、頭ごなしに指摘するのではなく、「もう肩書きも何もないから、普通に名前で呼んでもらえると気が楽だよ」といった軽い言い方で伝えると角が立ちにくくなります。それでも相手が呼び方を変えなくても、深追いする必要はありません。
Q. 家族や親戚から現役時代の役職名で呼ばれ続けるのも同じように考えてよいですか。
A. 基本的な構造は同じです。呼ぶ側にとっては長年慣れ親しんだ呼び方であり、本人の現在を否定する意図はほとんどありません。気になる場合は、日常の会話の中で自然に自分から今の暮らしぶりの話題を出すことで、相手の中のイメージも少しずつ更新されていきます。
Q. 呼ばれるたびに気持ちが揺れて疲れてしまいます。どうすればよいですか。
A. 集まりの頻度そのものを見直し、負担に感じる場には無理に毎回顔を出さず、気持ちよく話せる相手との集まりに絞るという選択も現実的です。呼び方への向き合い方だけでなく、誰とどれくらいの頻度で会うかを自分で調整することも、気持ちの負担を減らす手立てになります。
「先輩」と呼ばれ続けることへの複雑な気持ちは、多くの退職者が言葉にしないまま抱えているものです。肩書きを失うことへの喪失感についてはこちらの記事、再雇用先で年下の上司と働く際の心構えはこちらの記事、退職後の友人関係の変化についてはこちらの記事もあわせて参考にしてください。孤独感との向き合い方はこちらの記事で詳しく扱っています。
実際に退職後も「先輩」と呼ばれ続けている人の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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