証券会社の特定口座(源泉徴収あり)を利用していれば、株式や投資信託の売却益や配当金にかかる税金は自動的に源泉徴収され、確定申告をしなくても手続きが完結します。しかし退職して所得水準が下がると、あえて確定申告をしたほうが税負担を減らせるケースがあります。一方で申告することで国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の計算に影響することもあり、単純に「申告すれば得」とは言い切れない点に注意が必要です。
特定口座(源泉徴収あり)の仕組み
特定口座(源泉徴収あり)では、株式等の譲渡益や上場株式の配当金に対して、証券会社が一律20.315%(所得税15.315%、住民税5%)を源泉徴収し、納税者本人が確定申告をしなくても納税が完結する仕組みになっています。給与所得者が副業的に投資をしている場合など、確定申告の手間を省きたい人にとっては便利な制度ですが、税率が一律であるため、所得水準によっては本来納めるべき税額より多く源泉徴収されている場合があります。
退職後に確定申告したほうが有利になるケース
配当金については、確定申告で「総合課税」を選択すると「配当控除」という税額控除が適用されます。課税総所得金額が695万円以下であれば、所得税と住民税をあわせた実質的な税負担が源泉徴収の20.315%よりも低くなることが多く、特に年金収入が少なく課税所得が900万円を下回る退職者にとっては、確定申告で還付を受けられる可能性が高まります。また、譲渡損失が出た年は、確定申告をすることで翌年以降3年間にわたって損失を繰り越し、将来の譲渡益と相殺できる「繰越控除」の適用を受けられます。
ある六十二歳女性のケース
ある元会社員の六十二歳女性は、退職後に受け取っていた配当金が年間60万円ほどあり、税理士に相談したところ、総合課税での確定申告を勧められました。実際に申告してみると、配当控除の効果で所得税・住民税をあわせて数万円の還付を受けることができたといいます。ただし翌年、国民健康保険料の通知額が前年より上がっており、市役所に問い合わせたところ「確定申告で申告した配当所得が保険料算定の基礎に含まれたため」と説明を受け、還付された税額と保険料の増加分を比べると、実質的なメリットはそれほど大きくなかったことに気づいたそうです。翌年以降は税理士に相談しながら、配当額が少ない年は申告せず、多い年だけ申告するという形で毎年判断するようにしたといいます。
確定申告が国民健康保険料や扶養に与える影響
特定口座内の譲渡益や配当は、確定申告をしなければ「合計所得金額」に算入されませんが、確定申告をすると合計所得金額に加算されます。この合計所得金額は、国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の算定基礎になるほか、家族の税法上の扶養に入れるかどうかの判定、高額療養費制度の自己負担限度額の所得区分にも影響します。国民健康保険料の軽減制度については国民健康保険料の軽減制度、扶養控除の判定については配偶者控除・扶養控除の見直しを参照してください。申告によって還付される税額と、保険料の増加分を比較したうえで判断する必要があります。とくに国民健康保険は所得に応じて保険料率が段階的に上がる仕組みのため、配当額が大きい年ほど保険料への影響も大きくなりやすい点を押さえておきましょう。
住民税は申告不要制度を選べる場合がある
所得税で確定申告をしても、住民税については別途「申告不要制度」を選択できる自治体があります。所得税の確定申告書の第二表に「特定配当等・特定株式等譲渡所得の全部について住民税に申告しない」という欄があり、ここにチェックを入れることで、所得税では配当控除の適用を受けつつ、住民税や国民健康保険料の算定には反映させないという選択が可能でした。ただし令和6年度(2024年度)分の申告からはこの制度が廃止され、所得税と住民税の課税方式を一致させる必要があるため、確定申告をする際は住民税・国民健康保険料への影響も含めて総合的に判断することが求められます。
複数の証券会社に口座がある場合の損益通算
複数の証券会社に特定口座を持っている場合、それぞれの口座内では自動的に損益通算されますが、A社の口座で利益が出てB社の口座で損失が出た場合、証券会社をまたいだ損益通算は確定申告をしなければ行われません。退職を機に複数の証券会社の口座を一本化する人もいますが、統合しない場合は、口座間の損益通算だけを目的に確定申告をするという選択肢もあります。この場合、配当控除を使わず「申告分離課税」を選べば、税率は源泉徴収と同じ一律20.315%のまま損益通算のメリットだけを受けられます。ただし申告分離課税を選んでも合計所得金額には算入されるため、国民健康保険料や扶養の判定に影響する点は総合課税と変わりません。
NISA口座との違いも押さえておく
NISA口座(少額投資非課税制度)内の譲渡益や配当は、そもそも非課税のため確定申告の対象になりません。特定口座とNISA口座を併用している人は、どちらの口座で得た利益かによって申告の要否が異なる点に注意が必要です。退職後のNISA活用については退職後のNISA活用法、新NISAへの移行の考え方は新NISAへの移行の考え方、積立投資商品の選び方は積立投資商品の選び方を参考にしてください。
申告するかどうかの判断材料
確定申告をすべきかどうかは、配当額や譲渡益の規模、他の所得の有無、国民健康保険と後期高齢者医療のどちらに加入しているか、扶養家族の有無など複数の要素で変わります。退職後の確定申告全般の流れは退職後の確定申告のやり方、配当や株主優待に関する基礎知識は配当と株主優待の基礎知識、e-Taxでの申告方法はe-Taxで確定申告をする方法も参考にしてください。
よくある質問
Q. 少額の配当でも確定申告をしたほうがよいですか。
A. 配当額が数万円程度であれば、還付される税額もわずかで、申告書作成の手間や国民健康保険料への影響を考えると、あえて申告しない選択も十分合理的です。年間の配当額がまとまった金額(数十万円以上)になる場合に、申告のメリットとデメリットの比較が意味を持ってきます。判断に迷う場合は、税務署の相談窓口や税理士に具体的な金額を示して試算してもらう方法もあります。
Q. 譲渡損失の繰越控除を使う場合、毎年申告が必要ですか。
A. はい。繰越控除を適用し続けるには、譲渡益がない年であっても、損失を繰り越すための確定申告を毎年続けて行う必要があります。1年でも申告を怠ると繰越控除の適用が途切れてしまうため、損失が出た年から3年間はカレンダーに申告時期を控えておくと安心です。
Q. 後期高齢者医療制度に加入したら扱いは変わりますか。
A. 75歳になり後期高齢者医療制度に移行した後も、確定申告をすれば合計所得金額に配当・譲渡所得が算入される点は同じです。保険料の所得割の算定に影響するため、75歳以降も申告の要否は同じ考え方で判断する必要があります。医療費の自己負担割合の区分判定にも合計所得金額が使われるため、後期高齢者になってからの申告は現役の国保加入時よりも影響範囲が広がる点も意識しておく必要があります。
実際に特定口座の確定申告を検討した体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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