退職後の生活費の一部を配当金や株主優待でまかなう「配当金生活」は、退職を控えた世代の間で関心の高いテーマです。ただしSNSなどで語られる華やかなイメージと、実際に必要な元本や税金・社会保険料への影響には、かなりのギャップがあります。現実的な数字で仕組みを確認しておきましょう。
どれくらいの元本があれば配当金生活が成立するか
国内の主要企業の配当利回りは、業種や銘柄によって差はあるものの、平均すると2%台後半から3%台前半で推移することが多くなっています。仮に配当利回り3%の銘柄に2,000万円を投資できたとすると、年間の配当金は税引前で60万円、月あたり5万円程度です。生活費のすべてを配当だけでまかなおうとすると、月20万円の配当収入を得るには利回り3%換算で8,000万円の元本が必要になり、多くの家庭にとって現実的な水準ではありません。配当金生活そのものを目指すというより、年金や退職金の運用益の一部として、生活費の数万円分を配当で補うという位置づけで考えると無理が生じにくくなります。
配当金にかかる税金と申告方法の選び方
3つの課税方式
上場株式の配当金には3つの課税方式があります。ひとつは証券口座の源泉徴収だけで完結させる「申告不要制度」(税率20.315%)、もうひとつは他の株式等の譲渡損失と損益通算できる「申告分離課税」、そして配当控除が使える代わりに給与や年金などの所得と合算される「総合課税」です。どの方式を選ぶかは確定申告の際に自分で選択でき、配当を出す銘柄ごとにではなく、その年の申告全体で選ぶ形になります。
国民健康保険料への影響を見落とさない
ここで見落とされがちなのが、申告分離課税や総合課税を選んで確定申告をすると、その配当所得が国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の算定基準となる所得に加算される点です。退職後に国民健康保険に加入している人が、株式の譲渡損失と配当を損益通算する目的で申告分離課税を選んだ結果、翌年の国民健康保険料が数万円単位で上がってしまうケースもあります。損益通算するメリットと保険料上昇のデメリットを比べ、通算する損失額が小さいなら申告不要を選んだ方が手取りで有利になることも少なくありません。試算に迷う場合は、確定申告の時期に税務署や自治体の申告相談窓口で「申告不要を選んだ場合と申告分離課税を選んだ場合」の両方を試算してもらうと判断しやすくなります。
株主優待生活の魅力とリスク
株主優待は、自社製品やクオカード、飲食店の割引券などを株主に還元する日本独自の制度です。優待利回り(優待の金銭換算額÷株価)を配当利回りに上乗せして考えると、実質利回りが5%を超える銘柄も存在し、生活費の一部を現物給付で賄えるという実感を得やすいのが魅力です。一方で、優待目当てで特定の数銘柄に資金を集中させると、その企業の業績悪化や優待の改悪・廃止によって、配当と株価の両方が一度に下がるリスクを抱え込みます。実際、優待制度を縮小・廃止する企業は年々増えており、優待の内容だけで銘柄を選ぶのではなく、その企業の業績や財務内容も確認したうえで投資判断をする姿勢が欠かせません。権利確定日の直後には優待・配当をもらう権利がなくなることで株価が下がる「権利落ち」が起きやすい点も、売買のタイミングを考えるうえで押さえておきたいポイントです。
配当控除が有利に働くケースもある
総合課税を選ぶと、配当所得に対して一定の税額控除(配当控除)を受けられます。課税所得金額が1,000万円以下の部分については、所得税で配当所得の10%、住民税で2.8%が税額から差し引かれる仕組みです。退職後で年金収入が少なく、課税所得全体が低い水準に収まる人であれば、総合課税を選んで配当控除を使った方が、申告不要制度で源泉徴収されたままにするより税負担が軽くなることがあります。ただし総合課税を選ぶとその年の配当所得がすべて合計所得に含まれるため、前述のとおり国民健康保険料や後期高齢者医療保険料、さらには扶養に入っている場合の扶養判定にも影響します。どの方式が有利かは年金額や他の所得によって変わるため、確定申告の時期に試算してから決めるのが確実です。
分散と非課税制度をどう組み合わせるか
配当や優待を狙う場合でも、特定の業種や銘柄に偏らせず、複数の業種にまたがって10~20銘柄程度に分散しておくと、一社の業績悪化が家計全体に与える影響を抑えられます。あわせて活用したいのがNISA(少額投資非課税制度)です。新NISAでは年間最大360万円(成長投資枠240万円・つみたて投資枠120万円)、生涯で1,800万円まで非課税で投資でき、この枠内で受け取る配当金には税金がかかりません。ただし配当金の受取方法を証券口座で「株式数比例配分方式」に設定していないと、NISA口座内の株式でも配当が非課税にならない点は見落としやすいので、証券会社のマイページで受取方法を確認しておきましょう。
ある63歳の男性は、退職金の一部にあたる1,500万円を、配当利回り2%台後半の食品・通信・金融など複数業種の銘柄に分けて投資しました。年間の配当収入は税引前で40万円ほどですが、それとは別に年金の受給開始を65歳からに設定し、配当収入はあくまで趣味や旅行費用に充てる上乗せ分と位置づけています。「配当だけで暮らそうとは考えていない。年金と退職金の取り崩しが土台で、配当と優待はその上のお楽しみ」と話しています。
配当金や優待は、退職後の収入を組み立てるうえでの一要素にすぎません。年金や退職金を含めた全体の収支は退職後の収入シミュレーションの作り方で見通しを立て、非課税投資の使い方はNISA口座の使い方(退職後の資産運用)で確認するとよいでしょう。国民健康保険への切り替えを控えている人は健康保険の切り替え:任意継続と国民健康保険、どちらを選ぶか、早期リタイアと資産運用のバランスについてはFIREの現実:早期リタイアで気をつけたいことも参考になります。退職金の受け取り方によって投資に回せる元本も変わってくるため退職金の受け取り方(一時金 vs 年金)、どちらが得かもあわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 配当金生活を始めるのに、まとまった資金を一度に投資すべき?
A. 退職金など大きな資金を一度にまとめて投資すると、購入直後の株価下落の影響を大きく受けます。数か月から1~2年程度に分けて時期を分散して買い進めると、平均取得単価が偏るリスクを抑えられます。
Q. 配当利回りが高い銘柄ほど良い?
A. 利回りが極端に高い銘柄は、株価下落によって見かけ上の利回りが上がっているだけのケースや、減配リスクを織り込んでいるケースがあります。過去数年の配当実績や業績の推移も確認したうえで判断することが欠かせません。
Q. 配当金は年金の収入とみなされて年金額が減らされる?
A. 配当金は在職老齢年金の調整対象になる「賃金」には含まれないため、配当収入があることを理由に年金額が減らされることはありません。ただし所得税・住民税や国民健康保険料の計算には含まれるため、その点は別途考慮しておく必要があります。
配当金や株主優待は、年金や退職金を補う心強い収入源になり得ますが、それだけに頼った生活設計にはリスクが伴います。実際に配当金生活や株主優待生活を実践している方の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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