「役職定年」という言葉を初めて聞くのは、たいてい自分がその対象になると知らされたときです。定年退職とは違い、雇用契約そのものは変わらないまま、部長や課長といった役職からだけ外れる制度で、多くの企業では55歳前後がそのタイミングにあたります。定年までまだ5年、10年とある段階で訪れるこの変化は、退職とは別の種類の心構えを必要とします。
役職定年とはどういう制度か
役職定年制度は、企業が就業規則で定めた年齢(55歳が最も多く、次いで57歳・58歳という企業もあります)に達した管理職を、その役職から外して非管理職の専門職やスタッフ職に異動させる仕組みです。定年退職と違い雇用契約自体は継続するため、退職金の支給もなく、会社に在籍し続けたまま肩書きだけが変わります。導入の背景には、ポストの数が限られる中で若手・中堅社員の昇進機会を確保したいという企業側の事情があり、年功序列型の人事制度を維持してきた大企業や金融機関、官公庁系の組織で特に広く採用されています。
すべての企業にある制度ではない
役職定年は法律で義務づけられた制度ではなく、導入するかどうか、何歳に設定するかは企業ごとの就業規則次第です。厚生労働省の調査では、従業員1,000人以上の大企業の半数以上が何らかの役職定年制度を持つ一方、中小企業では導入していない、あるいは役職者が少なく実質的に該当者が出ない会社も多くあります。転職経験がある人は前職と現職で制度の有無が異なることも多く、「自分の会社にはこの制度があるのか」を就業規則で確認するところから始める必要があります。人事部に確認する際は、対象年齢だけでなく、役職手当がいつからいくら減るのか、異動先の部署や業務内容の選択肢があるのかまで、具体的に聞いておくと後の見通しが立てやすくなります。
実際に起きる3つの変化
給与の減少
役職定年で最も直接的な影響は給与です。役職手当がなくなるだけでなく、基本給自体が引き下げられる企業もあり、年収ベースで2割〜3割減るケースが一般的とされています。子どもの教育費や住宅ローンの返済がまだ続いている50代半ばにとって、この減少幅は家計への影響が大きく、役職定年の前年から生活費の見直しに着手する人も少なくありません。
部下がいなくなる
マネジメント業務からスタッフ職や専門職に異動すると、それまで抱えていた部下がいなくなり、意思決定の権限も失われます。日々の会議で発言を求められる立場から、指示を受けて実務をこなす立場への転換は、業務内容以上に立ち位置の変化として重くのしかかることがあります。
元部下の下で働く場合もある
特に難しいのが、自分がかつて評価していた部下が昇進し、その部下の指示のもとで働くことになるケースです。相手も気を遣い、自分も無理に威厳を保とうとして、職場の空気がぎこちなくなることがあります。年下の上司との働き方は再雇用の場面でもよく起きる課題で、具体的な向き合い方はセカンドキャリアで年下上司と働くということで扱っています。
心構えは「終わり」ではなく「移行」
定年退職の場合、区切りは一度きりで、その先にあるのは雇用の終わりという明確な事実です。一方、役職定年はゴールではなく通過点で、そこから定年、さらには再雇用へと雇用関係自体は続いていきます。この違いを意識しないまま定年退職と同じ感覚で役職定年を迎えると、「まだ会社にいるのに終わったような気持ちになる」という宙ぶらりんの状態に陥りやすくなります。ある製造業の元課長は、役職定年で部下がいなくなった直後の数ヶ月は毎朝の出社が苦痛だったと振り返りますが、専門職として若手の技術指導を任されるようになってからは、教える立場としての役割を見つけ、肩書きへのこだわりが薄れていったと話していました。管理職としての役割から離れた後、何を自分の役割として引き受けるかを早めに決めておくと、この移行期間を短くできます。
肩書きの喪失感とどう付き合うか
名刺から「部長」「課長」の文字が消えることに、想像以上のショックを受ける人は多いものです。この感覚は定年退職後にも共通して起きるもので、対処のヒントは退職後に感じる「肩書きの喪失感」との向き合い方にまとめています。役職定年はいわばこの感覚を前倒しで経験する機会でもあり、ここでの向き合い方が定年後の気持ちの切り替えにもつながります。仕事へのやる気そのものが下がってしまった場合の対処法は退職後にモチベーションを保つ工夫が参考になります。
今のうちに準備しておきたいこと
役職定年は給与減少の時期があらかじめ分かっているという点で、事前に備えやすい変化でもあります。減額後の年収を前提にした家計のシミュレーションを組んでおくと、実際に給与が下がったときの衝撃を和らげられます。具体的な作り方は退職後の収入シミュレーションの作り方で紹介している方法を、定年前の役職定年の時点にも応用できます。また定年そのものが近づいてきたら、退職金や再雇用の条件について早めに人事や上司と話しておくと、後になって慌てずに済みます。話しておくべき内容は定年前に人事・上司と交渉しておきたいことで具体的に整理しています。
周囲との関係が変わる中で気をつけたいこと
役職定年で立場が変わると、これまで自分を頼ってきた部下との距離感も自然と変わります。異動直後は、元部下から遠慮した態度を取られたり、逆に急に馴れ馴れしくされたりと、戸惑う場面が出てくるものです。ここで無理に以前の上下関係を維持しようとすると、かえって周囲との溝が深まります。役職ではなく経験や技術で頼られる存在になることを意識し、聞かれたことに答える、求められた場面でだけ助言するという距離感に切り替えていくと、職場での居心地は徐々に落ち着いていきます。給与や待遇面の不満は、社内の人事担当者や、すでに役職定年を経験した先輩社員に聞くと、自分の会社特有の事情が見えてきて気持ちの整理がつきやすくなります。
よくある質問
Q. 役職定年になったら転職を考えるべきですか。
A. 給与減少への不満から転職を考える人もいますが、役職定年後の数年間で培った専門職としての経験が、その後の再雇用交渉やセカンドキャリアの選択肢を広げることもあります。転職するかどうかは、残りの勤続年数と退職金への影響を踏まえて判断するのが現実的です。
Q. 役職定年の年齢や条件を会社と交渉することはできますか。
A. 就業規則で一律に定められている制度のため、個人単位での年齢交渉は難しいのが実情です。ただし異動先の業務内容や役職手当以外の待遇については、上司や人事との面談で希望を伝える余地がある企業もあります。
Q. 役職定年後も評価次第で役職に戻れることはありますか。
A. 企業によっては、専門職として大きな成果を上げた場合に限り、特例的に管理職へ復帰できる制度を設けているところもあります。多くはありませんが、就業規則や人事制度の詳細を確認しておく価値はあります。
役職定年は、定年退職という大きな節目の前にやってくる、いわば予行演習のような変化です。肩書きや権限が変わっても雇用そのものは続くという事実を起点に、この期間で何を新しい役割として引き受けるかを考えておくと、その先の定年や再雇用への移行もスムーズになります。
実際に役職定年を経験した人の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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