50代後半から60代にかけて、会社から早期退職優遇制度への応募を打診される、あるいは社内募集の案内が回覧されることがある。割増退職金が上乗せされる制度は一見魅力的に映るが、退職金の額だけで判断すると、再就職や年金受給までの空白期間で想定外の資金不足に陥ることもある。早期退職と定年退職の比較も踏まえながら、制度の仕組みと応募を判断する際に確認すべきポイントを整理する。
早期退職優遇制度の一般的な仕組み
早期退職優遇制度は、企業が人員構成の見直しやコスト削減のために、定年前の社員に対して割増退職金を提示し、任意の退職を募る制度である。一般的な会社都合退職とは異なり、あくまで社員の応募に基づく点が特徴で、応募するかどうかは本人の判断に委ねられる。募集は45歳前後から対象になる会社もあれば、50代後半から58歳前後に限定する会社もあり、対象年齢は企業によって幅がある。
割増退職金の水準は企業により差が大きいが、目安として月給の12か月分から36か月分程度を上乗せする例が多く、勤続年数や役職、残りの勤続可能年数に応じて金額が変動する制度設計が一般的である。募集時期は決算対策として年度末に近いタイミングで行われることが多く、応募締切から退職日までの期間が1〜2か月程度と短く設定されるケースもあるため、打診を受けたら早い段階で情報を集め始める必要がある。
応募すべきかどうかの判断基準
退職金の総額と生活費の試算
割増分を含めた退職金の総額が、定年まで働き続けた場合に受け取れる退職金と比べてどの程度の差になるのかをまず具体的な金額で把握する。仮に割増額が600万円でも、定年まで残り5年間の給与収入(額面で年500万円としても2,500万円相当)を失うと考えれば、単純な損得では判断できない。退職後の生活費を月25万円と仮定した場合、年金受給開始までの5年間で必要な資金は1,500万円になる計算になり、退職金と貯蓄でその金額を賄えるかどうかを具体的な数字で確認しておく。
再就職の見通し
早期退職優遇制度は、退職後すぐに再就職できることを前提に設計されていない。同業種・同職種での再就職先のめどが立っているか、ハローワークや民間の転職エージェントに相談した際に紹介される求人の年収水準がどの程度かを、応募前の段階で確認しておく。シニア世代の派遣就労やシルバー人材センターへの登録など、フルタイム以外の働き方の選択肢も含めて検討しておくと、退職後の見通しが立てやすくなる。
年金受給開始までの空白期間
老齢厚生年金・老齢基礎年金の受給開始は原則65歳からであり、早期退職優遇制度で58歳や60歳で退職すると、年金受給まで数年から7年程度の空白が生じる場合がある。この間の生活費は、退職金の取り崩し、再就職による収入、企業年金や個人年金の受給などで賄う必要があり、繰り上げ受給を使う場合は年金額が生涯にわたり減額される点も含めて資金計画を立てる必要がある。
会社都合退職扱いになるかどうかで変わる失業給付
早期退職優遇制度に応募した場合の退職理由の扱いは会社によって異なる。「会社都合退職」として扱われる制度であれば、失業給付(基本手当)の給付制限期間がなく、退職後すぐに受給できるうえ、所定給付日数も自己都合退職より長く設定される。一方、募集はしていても退職理由が「自己都合」扱いになる会社では、給付開始までに原則2か月の給付制限がかかり、当初の資金計画に狂いが生じやすい。応募前に人事部門へ、離職票に記載される退職理由の区分がどちらになるのかを明確に確認しておくことが欠かせない。
ある建設資材メーカーに35年勤めた59歳の男性は、早期退職優遇制度で割増退職金800万円の提示を受け、家族と相談のうえ応募した。応募時点では同業他社への再就職を見込んでいたが、実際には希望する条件の求人が少なく、再就職まで8か月を要した。幸い離職票の退職理由が会社都合扱いだったため失業給付をすぐに受給でき、家計への影響は当初の想定より抑えられたという。退職理由の区分ひとつで生活資金の見通しが大きく変わることを示す例である。
慎重に検討すべき落とし穴
割増退職金には所得税・住民税がかかるが、退職所得控除の範囲内であれば税負担は比較的軽く済む。ただし、勤続年数が控除額の計算基準になるため、定年より数年早く退職すると退職所得控除額そのものが定年退職時より少なくなる点に注意が必要である。また、企業年金や確定拠出年金の受給開始年齢・受給方法が、早期退職によって選択肢が変わる制度もあるため、加入している企業年金制度の規約を退職前に人事部門や企業年金の確定給付の担当窓口で確認しておく。健康保険についても、会社の健康保険組合の任意継続を選ぶか国民健康保険に切り替えるかで保険料が大きく変わるため、両方の見積もりを比較したうえで応募の可否を決めたい。任意継続を選ぶ場合、保険料は在職時の労使折半とは異なり全額自己負担となり、月額の負担が2倍近くに増えることも珍しくないため、任意継続の加入期間は最長2年までという制度上の期限も含めて確認しておく必要がある。
退職所得控除の目安を具体的な数字で確認する
退職所得控除額は勤続年数20年までは1年につき40万円、20年を超える部分は1年につき70万円で計算される。たとえば勤続35年で定年まで勤め上げた場合の控除額は、20年分の800万円と、残り15年分の1,050万円を合わせた1,850万円になる。これに対し、早期退職優遇制度に応募して勤続32年で退職すると、控除額は20年分の800万円と12年分の840万円を合わせた1,640万円となり、定年まで勤めた場合より210万円少なくなる計算である。割増退職金を含めた受取総額が控除額を上回る部分には所得税・住民税がかかるため、応募を検討する段階で自分の勤続年数に当てはめた控除額を試算し、実際に手取りでいくら増減するのかを確認しておきたい。
試算が複雑で自分では判断しづらい場合は、税務署の確定申告相談窓口や、会社が委託している社会保険労務士に、割増退職金を含めた源泉徴収額の見込みを事前に尋ねる方法がある。特に住宅ローンの残債がある人や、退職金を投資に回す計画がある人は、手取り額の見込みが数十万円単位で変わると資金計画全体に影響するため、応募の可否を決める前の段階で確認しておく。
よくある質問
Q. 早期退職優遇制度に応募した場合、退職金の受け取り方に選択肢はありますか。
A. 一時金として一括受給するほか、企業年金制度がある会社では年金形式で分割受給できる場合がある。税制上の扱いが異なるため、人事部門や税務署の相談窓口で試算してもらったうえで選ぶとよい。
Q. 応募を断ることはできますか。
A. 早期退職優遇制度はあくまで任意の募集であり、応募しないことを理由に不利益な扱いを受けることは労働契約上認められない。打診を受けても、条件が見合わないと判断すれば辞退できる。
Q. 複数回募集がある場合、様子を見てから応募してもよいですか。
A. 制度によっては複数回にわたって募集される場合があるが、割増退職金の水準は回を追うごとに縮小される傾向がある会社が多い。次回募集の有無や条件は決まっていないことが多いため、初回の条件を基準に検討する方が現実的である。
実際に早期退職優遇制度に応募するかどうかで悩んだ体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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