公的年金は、原則65歳から受け取れますが、「繰り上げ受給(早くもらい始める)」「繰り下げ受給(遅くもらい始める)」を選ぶこともできます。どちらが得かは一概には言えず、当面の生活資金や他の収入の有無によって答えが変わります。仕組みと判断のポイントを整理しておきましょう。
繰り上げ受給とは
60歳から65歳になるまでの間に、早めに受給を始める方法です。早く受け取れる安心感がある一方、繰り上げた月数1か月につき0.4%、受給額が生涯にわたって減額されたままになります。例えば60歳ちょうどから受給を始めると、65歳受給に比べて24%も少ない金額が一生続くことになります。
当面の生活費が心もとなく、退職金や貯蓄をあまり取り崩したくない人にとっては、有力な選択肢になります。ただし「減額されたまま一生続く」という点は、想像以上に長期的な影響があることを覚えておく必要があります。
繰り下げ受給とは
66歳以降に受給開始を遅らせる方法で、上限は75歳です。遅らせた月数1か月につき0.7%、受給額が増額され、その増えた金額が生涯続きます。仮に70歳まで5年間繰り下げると、42%増額された年金を一生受け取れる計算になります。
当面は年金以外の収入や資産でまかなえる見通しがある人、健康状態に不安が少なく長生きに備えたい人が検討しやすい方法です。ただし、繰り下げている間は年金を受け取れないため、その期間の生活費は別に用意しておく必要があります。
実際にどれくらい差が出るか
例えば65歳で受給すると月15万円になる人を例にすると、60歳まで繰り上げた場合は月額が約11万4,000円に、70歳まで繰り下げた場合は月額が約21万3,000円になります。差額だけを見ると繰り下げの方が有利に見えますが、繰り下げている5年間は年金収入がゼロになる点を忘れてはいけません。
何歳まで受け取り続ければ「元が取れる」かという損益分岐点で考えると、繰り上げと通常受給の分岐点はおおむね80代前半、通常受給と繰り下げの分岐点もおおむね80代半ばになることが多いとされています。自分や家族の健康状態、平均余命の目安も参考にしながら考えるとよいでしょう。
1年ごとの受給額の目安
65歳で月15万円を受け取れる人を基準にすると、開始年齢ごとの月額の目安は次のようになります。61歳なら月約12万1,200円(-19.2%)、63歳なら月約13万5,600円(-9.6%)、64歳なら月約14万2,800円(-4.8%)です。65歳を超えて遅らせる場合は、67歳で月約17万5,200円(+16.8%)、68歳で月約18万7,800円(+25.2%)、69歳で月約20万400円(+33.6%)となります。1年単位で見ると増減の幅は意外と大きいことが分かります。
この目安はあくまで概算です。実際の受給額は加入期間や標準報酬額によって一人ひとり異なるため、正確な数字は「ねんきん定期便」や年金事務所の試算で確認してください。
繰り上げ受給・繰り下げ受給・通常受給の違いを表で整理すると、以下のようになります。
| 比較の観点 | 繰り上げ受給 | 繰り下げ受給 | 通常受給 |
|---|---|---|---|
| 受給開始年齢 | 60歳〜64歳 | 66歳〜75歳 | 65歳 |
| 月々の年金額の増減率 | 1か月早めるごとに0.4%減額(最大24%減) | 1か月遅らせるごとに0.7%増額(最大84%増) | 増減なし(基準額) |
| 向いている人 | 当面の生活費が心もとなく、退職金や貯蓄を取り崩したくない人 | 年金以外の収入や資産でまかなえる見通しがあり、長生きに備えたい人 | 増減にこだわらず、標準的な受け取り方を望む人 |
判断のポイント
「何歳まで生きるか」は誰にも分かりませんが、当面の生活費をどう確保するか、退職金や貯蓄がどれくらいあるかによって、向いている選択は変わります。退職金の受け取り方(一時金 vs 年金)、どちらが得かと合わせて、生活資金全体のバランスで考えるとよいでしょう。
また、繰り下げ受給を選んで年金額が増えると、その分だけ所得税や住民税、国民健康保険料の負担も増える可能性があります。額面が増えても手取りがどれくらい増えるのかまで含めて試算しておくと、後から「思ったより増えなかった」という後悔が少なくなります。
働きながら受給する場合の注意点
定年後も厚生年金に加入して働き続ける場合、給与(標準報酬月額)と年金月額の合計が一定の基準額を超えると、超えた分の半額が支給停止になる「在職老齢年金」という仕組みがあります。基準額は2026年4月の制度改正で51万円から65万円に引き上げられ、今後は賃金の動向に応じて毎年度見直されます。例えば給与と年金の合計が月75万円であれば、基準額を10万円超えた分の半分、5万円が年金から差し引かれる計算になります。
繰り下げを選んでいる間に厚生年金に加入して働くと、支給停止になった分は増額の対象から外れてしまう点にも注意が必要です。再雇用や再就職でどのくらいの給与を見込んでいるかによって、繰り下げの効果が薄まることもあるため、働き方の見通しと合わせて年金事務所に相談するのが確実です。
繰り下げの途中で亡くなった場合はどうなる
繰り下げを検討する際によく心配されるのが、「増額を待っている間に亡くなってしまったらどうなるのか」という点です。この場合、受給していなかった期間分の年金は「未支給年金」として、生計を同じくしていた遺族が請求すれば受け取ることができます。ただし増額された金額ではなく、65歳時点の本来の金額での支払いとなる点には注意が必要です。
「増額を待っているうちに受け取れなくなるのでは」という不安から繰り下げをためらう人も多いですが、まったく受け取れなくなるわけではないという点は覚えておくとよいでしょう。とはいえ、健康状態に不安がある場合は、無理に繰り下げを選ばず、通常受給や繰り上げも含めて検討してみましょう。
iDeCoや企業年金との組み合わせも考える
公的年金以外にiDeCoや企業年金に加入している場合、それらの受け取りタイミングとあわせて全体の資金計画を考えておくと安心です。公的年金の繰り下げ期間中の生活費をどの財源でまかなうかを具体的にシミュレーションしておくと、資金繰りのイメージがはっきりします。繰り下げ待機中に収入の柱となりやすい失業保険についても、失業保険の申請方法とタイミングを確認しておくとよいでしょう。
迷ったら年金事務所へ
繰り上げ・繰り下げは一度選ぶと基本的に変更できません。自分の場合の受給額の見込みは、年金事務所や毎年届く「ねんきん定期便」で確認できます。年金事務所では、繰り上げ・繰り下げそれぞれのケースでの試算も出してもらえるので、決める前に必ず相談しておきましょう。夫婦で年齢が近い場合は、二人分をまとめて試算してもらうと、世帯全体の資金計画が立てやすくなります。
よくある質問
Q. 繰り上げと繰り下げを組み合わせることはできる?
A. 老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々のタイミングで繰り下げることは可能ですが、繰り上げは原則として両方同時に行う必要があります。組み合わせ方によって受給額の計算が変わるため、年金事務所で自分のケースを確認しましょう。
Q. 繰り下げの途中で気が変わったら?
A. 繰り下げの請求をする前であれば、いつでも通常の65歳時点にさかのぼって受給を始めることができます。ただし、さかのぼれる期間には限りがあるため、長く放置しすぎないよう注意が必要です。
Q. 加給年金や振替加算にも影響する?
A. 配偶者がいる場合につく「加給年金」は、繰り下げをしている間は受け取れません。繰り下げを検討する際は、加給年金の対象になるかどうかも年金事務所で確認しておくとよいでしょう。
Q. 繰り下げ中に遺族年金を受け取れる条件になったら?
A. 遺族年金を受け取れる状況になった場合、老齢年金の繰り下げ待機は自動的に終了し、それ以降は増額されません。それまでに増えた分の年金と、通常の年金を選択して受け取ることになります。配偶者の年齢差が大きい世帯では、あらかじめ想定しておくとよいポイントです。
年金の受け取り方は、老後の生活資金の柱になる大事な選択です。退職金の受け取り方や退職後の税金:確定申告が必要になるケースとはもあわせて確認しながら、自分の生活設計に合わせて判断しましょう。使える制度の全体像は定年後に使える自治体の支援制度まとめでも紹介しています。
実際に年金の受給時期で悩んだ・決断した方の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


コメント