退職金は、会社によって「一時金として一括で受け取る」「年金のように分割で受け取る」「その両方を組み合わせる」といった選択肢が用意されていることがあります。どちらを選ぶかで、手取り額も、老後の家計の組み立て方も変わってきます。制度の仕組みと、実際に判断するときの考え方を整理しておきましょう。
受け取り方には主に3つのパターンがある
多くの企業では、退職金の受け取り方として次の3パターンのいずれか、または複数を選べるようになっています。会社によって選択できる組み合わせは異なるため、まずは人事部や総務担当に「うちの会社ではどの方式が選べるか」を確認するところから始めます。
一時金(一括受け取り)
退職時にまとまった金額を一度に受け取る方式です。住宅ローンの残債を一括返済したい人や、まとまった資金をすぐに動かしたい人に選ばれやすい方法です。
年金形式(分割受け取り)
5年、10年など、あらかじめ決められた期間にわたって分割で受け取る方式です。「企業年金」という名前で運用されていることが多く、公的年金とは別の仕組みです。
併用(一部を一時金、残りを年金で)
例えば「半分は一時金で受け取り、残りは10年かけて年金で受け取る」といった組み合わせです。まとまった資金と、継続的な収入の両方を確保したい人に向いています。
3つの受け取り方の違いを表で整理すると、以下のようになります。
| 項目 | 一時金(一括受け取り) | 年金形式(分割受け取り) | 併用 |
|---|---|---|---|
| 税金の扱い | 退職所得控除と2分の1課税が適用され、税制上有利になりやすい | 雑所得として公的年金等控除の対象になる。国民健康保険料や介護保険料の算定所得にも影響する | 一時金部分には退職所得控除、年金部分には公的年金等控除がそれぞれ適用される |
| 受け取りタイミング | 退職時に一括 | 5年、10年などあらかじめ決められた期間で分割 | 一部は退職時に一括、残りは一定期間にわたって分割 |
| 向いている人 | ローンの残債返済やまとまった支出予定がある人、退職金が控除の範囲に収まりそうな人 | まとまったお金を持つと使いすぎてしまう自覚がある人、退職金以外の年金収入だけでは生活費が心もとない人 | まとまった資金と継続的な収入の両方を確保したい人 |
業種別に見る退職金相場のおおまかな傾向
退職金の水準は業種によって差が大きく、厚生労働省の「就労条件総合調査」など複数の調査結果を見ても、金融業・保険業や製造業を中心とした大企業では、大学卒・勤続35年前後の定年退職者で2,000万円台前半に達するケースが多いという調査結果があります。業界再編や大型合併を経て企業年金制度が長く整備されてきた業種であることや、労働組合との交渉を通じて退職金制度が手厚く設計されてきた経緯が背景にあるとされています。
一方、卸売業・小売業や宿泊業・飲食サービス業などでは、同じ勤続年数でも1,000万円台にとどまる傾向があるとされ、業種内でも企業規模による差が大きいことが特徴です。従業員数の少ない中小企業では独自の退職金制度を持たず、国の「中小企業退職金共済(中退共)」やそれに類する共済制度を利用しているケースが多く、掛金の積立実績に応じて数百万円程度にとどまることが一般的です。
自分の退職金がどの水準に近いかを大まかにでも把握しておくと、一時金と年金形式のどちらを選ぶか、退職所得控除の範囲内に収まりそうかといった判断がしやすくなります。正確な金額は業種の相場だけでは分からないため、最終的には自社の退職金規程や人事部への確認が欠かせません。
一時金で受け取る場合の税金の考え方
一時金には「退職所得控除」という優遇があります。勤続20年までは1年につき40万円、20年を超えた分は1年につき70万円が控除されます。例えば勤続35年であれば、控除額は「40万円×20年+70万円×15年=1,850万円」となり、退職金がこの金額以下であれば、税金はほとんどかかりません。
さらに、控除後の金額の半分にしか課税されない(2分の1課税)という優遇もあるため、一時金は税制上かなり有利に扱われる仕組みになっています。勤続年数が長い人ほど、この控除の恩恵は大きくなります。
勤続年数ごとの退職所得控除額をシミュレーションする
退職所得控除は「20年以下は1年につき40万円、20年超の部分は1年につき70万円」という式で計算されるため、勤続年数が長くなるほど控除額は加速的に増えます。目安として、勤続20年なら控除額は800万円(40万円×20年)、勤続25年なら1,150万円(800万円+70万円×5年)、勤続30年なら1,500万円、勤続35年なら1,850万円、勤続40年なら2,200万円です。定年まで勤め上げた人ほど、退職金の大部分、あるいは全額が非課税枠に収まりやすい仕組みになっています。
控除額を超えた部分がどう課税されるかも具体的に見ておきます。例えば勤続35年で退職金が2,400万円のケースでは、控除額1,850万円を差し引いた550万円がまず算出され、この2分の1にあたる275万円が「課税退職所得金額」になります。所得税の速算表(課税所得195万円超330万円以下は税率10%、控除額9万7,500円)に当てはめると、275万円×10%-9万7,500円=17万7,500円が所得税の目安です。これに復興特別所得税(所得税額の2.1%)や住民税(課税退職所得金額のおおむね10%が目安)が加わりますが、退職金2,400万円に対して税負担全体は数十万円程度に収まる計算になります。
年金形式で受け取る場合の税金の考え方
年金形式で受け取ると、税法上は「雑所得」として扱われ、公的年金と合算して「公的年金等控除」の対象になります。一時金のような大きな控除はないため、毎年の受給額によっては税金や社会保険料の負担が増えることがあります。
特に見落としやすいのが、国民健康保険料や介護保険料への影響です。年金形式の受け取りは「所得」として扱われるため、受給額が増えると保険料の算定基準となる所得も上がり、結果的に保険料が高くなるケースがあります。一時金にはこの影響がありません。
実際にどう判断すればいいか
「一時金の方が税制上有利」とよく言われますが、これは退職金の総額や勤続年数、他に年金収入がどれくらいあるかによって変わります。退職金が控除額の範囲内に収まる人であれば、一時金で受け取ってもほとんど課税されない一方、退職金が大きく控除を超える人は、年金形式で分散した方が結果的に税負担を抑えられることもあります。
例えば勤続30年、退職金2,500万円というケースを考えてみます。退職所得控除は「40万円×20年+70万円×10年=1,500万円」なので、控除後の残りは1,000万円。この半分の500万円にだけ課税される計算になり、実際の税額は数十万円程度に収まることが多いです。一方、同じ金額を10年かけて年金形式で受け取ると、毎年250万円が雑所得に加算され、国民健康保険料や介護保険料の算定基準となる所得も毎年上がり続けることになります。
目安として、退職金の見込み額と勤続年数を会社の担当部署や年金事務所、税理士に伝えれば、それぞれの受け取り方でどれくらい手取りが変わるかを試算してもらえます。「なんとなく一時金の方が得そう」で決めず、必ず自分の数字で確認することが大切です。
一時金・年金、それぞれ向いている人の特徴
一時金が向いているのは、住宅ローンや教育資金の残債があり早めに片づけたい人、退職後すぐに大きな支出予定(リフォームや車の買い替えなど)がある人、そして退職金の総額が控除の範囲に収まりそうな人です。まとまった資金を手元に置いておくことで、選択肢の幅を広げられるという安心感もあります。
一方、年金形式が向いているのは、まとまったお金を持つと使いすぎてしまう自覚がある人、退職金以外の年金収入だけでは毎月の生活費が心もとない人です。定期的に一定額が振り込まれる仕組みは、家計管理をシンプルに保ちたい人にとって心強い選択肢になります。
中小企業にお勤めだった方が注意したいこと
中小企業では「中小企業退職金共済(中退共)」という国の制度を利用して退職金を積み立てている会社が多くあります。この制度は原則として一時金での受け取りとなり、企業年金のような分割受け取りを選べないことがほとんどです。まずは自分の会社がどの制度に加入しているかを確認しておきましょう。
また、中退共は「退職所得控除」の対象にはなりますが、会社の規模によっては退職金の総額自体が数百万円程度にとどまることも多く、そもそも税金がほとんどかからないケースも少なくありません。金額が小さいからと安心せず、いくら受け取れるのかは在職中に一度、中退共から届く「退職金共済手帳」や会社の担当者に確認しておくと安心です。
受け取り方は原則、後から変更できない
多くの会社では、退職金の受け取り方は退職時に一度選ぶと、後から変更できません。「やっぱり年金形式にすればよかった」と思っても取り返しがつかないため、退職前の在職中に、人事部に相談できる時期を確認しておくと安心です。早い会社では退職の半年以上前から相談を受け付けています。迷った場合は、複数の受け取り方で試算を出してもらい、家族とも相談した上で決めるとよいでしょう。
よくある質問
Q. 一時金と年金、両方を選べる会社はどれくらいある?
A. 会社によって異なりますが、大企業では併用型を用意しているケースが増えています。中小企業では一時金のみという会社も多いため、まずは自社の退職金規程を確認しましょう。
Q. 年金形式を選んだ後、会社が倒産したらどうなる?
A. 企業年金の多くは外部の信託銀行や生命保険会社で管理されているため、会社の経営状況とは切り離されています。ただし制度によって扱いが異なるため、不安であれば加入している企業年金の種類(確定給付企業年金か確定拠出年金かなど)を人事部に確認しておくと安心です。
Q. 退職所得控除の計算は自分でもできる?
A. 勤続年数さえわかれば、先ほどの計算式(20年まで年40万円、20年超は年70万円)で概算できます。ただし端数の扱いや障害退職の特例など細かい例外もあるため、正確な金額は勤務先の経理担当や税務署に確認するのが確実です。
Q. 併用型を選んだ場合、税金の計算はどうなる?
A. 一時金部分には退職所得控除、年金部分には公的年金等控除がそれぞれ適用されます。両方の割合をどう配分するかによって、生涯の税負担や保険料負担のバランスが変わってくるため、配分を決める前に会社の担当部署で複数パターンの試算を出してもらいましょう。
退職金の受け取り方は、その後の家計や税負担に長く影響する大きな決断です。必ず試算を確認してから選びましょう。年金の受け取り開始時期については年金の繰り上げ・繰り下げ受給、どちらがいいかも、退職後の税金全体については退職後の税金:確定申告が必要になるケースとはもあわせて確認してみてください。会社の退職金担当だけでなく、自治体の窓口に相談する前にやることチェックリストや失業保険の申請方法とタイミングも参考に、お金まわり全体を見通しておくと安心です。
実際に退職金の受け取り方で悩んだ・工夫した方の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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