定年が近づくと、多くの会社員のもとに人事から「再雇用制度の説明会」の案内が届きます。このまま同じ会社で働き続けるか、それとも定年の日をもって完全に退職するか。どちらも正解に見えて、実際に書類を前にすると迷う人が少なくありません。給与、仕事内容、そして自分の気持ち、三つの軸から判断基準を整理してみます。
再雇用で給与はどこまで下がるのか
継続雇用制度を利用した場合、多くの企業で基本給は定年前の50〜70%程度に設定されます。役職手当がなくなり、賞与も減額されるケースが一般的で、年収ベースでは400万円台だった人が250万円前後になることも珍しくありません。一方で高年齢雇用継続基本給付金が支給される場合があり、条件を満たせば賃金の最大10%程度が上乗せされます。人事から提示された金額が税引き後にいくら手取りとして残るのか、社会保険料や雇用保険料まで含めて確認しておく必要があります。
再雇用後の給与水準、業種・企業規模による傾向
再雇用後の給与がどの程度になるかは企業によって差が大きいものの、複数の調査から見えてくるおおまかな傾向はあります。独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査などでは、再雇用後の賃金は定年前の6〜7割程度に落ち着くケースが多いとされ、業種別に見ると、製造業や建設業など技能や資格がそのまま業務に直結する職種ほど下落幅が小さく、逆に管理職としての役割給・役職手当の比重が大きかった人ほど下落幅が大きくなる傾向があります。企業規模別では、大企業ほど再雇用専用の賃金テーブルや専門職制度を整備しているケースが増えており、中小企業では明確な賃金テーブルがなく個別交渉で決まる割合が高いのが実情です。たとえば年収500万円台だった人が再雇用後に年収350万円前後になるケースや、年収400万円台だった人が270万円前後になるケースなど、下落額そのものも現役時代の年収水準によって大きく変わります。役職定年後に一般職へ戻る場合と、同じ役割のまま再雇用される場合とでも下落幅は異なり、後者のほうが下落幅を小さく抑えられる傾向があります。近年は定年年齢そのものを65歳へ引き上げる企業も増えており、定年延長の場合は退職金の算定基準が変わる一方、再雇用に比べて給与の下落幅が緩やかになる傾向も見られます。提示された金額が全体の平均的な水準なのか、自分の等級としては低い水準なのかを、人事に賃金決定の根拠を確認しておくと判断材料が揃います。
高年齢雇用継続給付金の仕組み
高年齢雇用継続給付は、60歳到達時点の賃金と比較して60歳以降の賃金が75%未満に低下した状態で働く、60歳以上65歳未満の雇用保険加入者に支給される制度です。再雇用などで働き続ける場合の「高年齢雇用継続基本給付金」と、いったん離職して失業給付を受給したあとに再就職した場合の「高年齢再就職給付金」の2種類があります。支給額は賃金の低下率に応じて段階的に決まり、61%以下まで下がった場合は各月の賃金の15%が上限として支給されてきましたが、2025年4月以降に新たに60歳になる人からはこの上限が段階的に10%へ引き下げられています。たとえば60歳到達時点の賃金が30万円で、再雇用後の賃金が20万円程度(61%以下への低下)になった場合、旧制度であれば月3万円程度が賃金に上乗せされる計算になります。支給額は、60歳到達時に会社から発行される「六十歳到達時等賃金証明書」に記載された賃金額を基準に計算されるため、この証明書の内容に誤りがないかも確認しておくと安心です。支給を受けるには雇用保険の被保険者期間が5年以上あることなどの条件があり、申請は勤務先を通じてハローワークに行うのが一般的で、通常2ヶ月に1度のサイクルで支給申請が行われるため、再雇用開始後すぐに口座へ反映されるわけではない点も見込んでおくと安心です。給付金は老齢厚生年金の一部が支給停止される在職老齢年金の仕組みと合わせて調整されるケースもあるため、年金を受給しながら働く場合は両制度の関係も確認しておく必要があります。
仕事内容と立場はどう変わるか
再雇用後は嘱託社員やパートタイマーという雇用区分に変わり、管理職だった人でも役職を外れて一般職に戻るのが一般的です。かつての部下が上司になる、あるいは指示系統そのものが変わるという状況も起こり得ます。この点についてはセカンドキャリアで年下上司と働くということで具体的な向き合い方をまとめていますので、再雇用を選ぶ前に一度目を通しておくと、心の準備がしやすくなります。契約は多くの場合1年更新で、65歳まで、企業によっては70歳まで延長できる制度を持つところもあります。
完全退職を選んだ場合の生活設計
完全退職を選ぶと、収入源は退職金の取り崩しと、年金支給開始までの空白期間の生活費でまかなうことになります。60歳で退職し年金の受給開始が65歳なら、5年間分の生活費をあらかじめ用意しておく計算です。総務省の家計調査では高齢夫婦無職世帯の平均支出は月26万円前後とされており、5年間で1500万円を超える資金が必要になる場合もあります。退職金の額と貯蓄、そして企業年金の有無を踏まえたうえで、収支の見通しを立てておきましょう。具体的な数字の出し方は退職後の収入シミュレーションの作り方で解説しています。
年金までの「橋渡し」として再雇用を選ぶ考え方
老齢厚生年金の受給開始は原則65歳です。60歳で完全退職すると、年金が始まるまでの空白期間を貯蓄だけで乗り切る必要がありますが、再雇用で働き続ければ、給与収入がその空白を埋めてくれます。減額されても月18〜20万円程度の収入があれば、貯蓄の取り崩しを大きく抑えられ、65歳以降の年金受給に合わせて資産を長持ちさせやすくなります。年金の受給開始時期をどう組み立てるかは年金の繰り上げ・繰り下げ受給、どちらがいいかもあわせて確認しておくと、再雇用の期間と年金開始のタイミングを一体で設計できます。
心理的な軸:何を手放せて、何を続けたいか
お金の計算だけでは決まらないのが、この選択の難しいところです。ある製造業の課長職だった男性は、再雇用の打診を受けたとき、給与が6割に減ることよりも「係長だった元部下の下で働くこと」への抵抗の方が大きかったといいます。結局、給与よりも自分の裁量で働ける自由を選び、完全退職して知人の紹介で週3日の事務職に転職しました。逆に「毎日決まった時間に会社に行く生活のリズムを崩したくない」という理由で、給与が下がっても住み慣れた職場に残ることを選ぶ人もいます。長年勤めた会社の看板や同僚との関係を失いたくないという気持ちが、再雇用を選ぶ決め手になる人も少なくありません。どちらが正しいというものではなく、自分が仕事に何を求めているかで結論は変わります。
決める前に人事に確認しておきたいこと
再雇用の提示書にサインする前に、次の点は書面で確認しておくと後々のトラブルを避けられます。
- 再雇用後の月給・賞与・各種手当の具体的な金額
- 役職の有無と、指示を受ける相手が誰になるか
- 契約期間と更新の条件(本人の希望だけで更新されるのか、会社側の評価が入るのか)
- 勤務日数・勤務時間の変更が可能かどうか
- 賞与や退職金の扱いが定年前とどう変わるか
これらは口頭の説明だけでなく、雇用契約書や就業規則の該当条項として文書で受け取っておきましょう。特に契約更新の条件は、65歳までの雇用継続が法律上義務づけられている一方で、勤務態度や健康状態を理由に更新されないケースもあるため、確認を怠らないことが安心につながります。人事担当者との面談では「なぜこの金額になったのか」という賃金決定の根拠を尋ね、同じ業務内容であるにもかかわらず大幅な減額になっている場合は、その理由を具体的に聞いておくとよいでしょう。定年前の交渉の進め方については定年前に人事・上司と交渉しておきたいことも参考にしてください。
社会保険と税金の扱いも変わる
再雇用を選ぶと厚生年金と健康保険の被保険者資格がそのまま続き、保険料は給与に応じて労使折半で天引きされます。一方、完全退職して次の仕事に就かない場合は、退職日の翌日から健康保険の切り替え手続きが必要になり、任意継続か国民健康保険かを選ぶことになります。選び方の比較は健康保険の切り替え:任意継続と国民健康保険、どちらを選ぶかにまとめていますので、完全退職を検討している場合は退職前に保険料の見込み額を出しておくと安心です。また国民年金の第1号被保険者としての保険料(月額約1万7千円、年度により変動)も自分で納める必要があり、再雇用で厚生年金に加入し続ける場合と比べて手取りの計算式が変わる点も見落とせません。
両者を比較したうえでの決め方
再雇用と完全退職、どちらが優れているという単純な話ではなく、家計の状況と働く目的によって答えが変わります。住宅ローンや教育費が残っている場合は再雇用で収入を確保する意味が大きく、すでに資産形成が済んでいて自由な時間を優先したい場合は完全退職が現実的な選択になります。肩書きがなくなることへの戸惑いを感じやすい人は退職後に感じる「肩書きの喪失感」との向き合い方も読んでおくと、完全退職後の心の準備につながります。
よくある質問
Q. 再雇用の条件に納得できない場合、拒否できますか?
A. 拒否すること自体は可能ですが、その場合は継続雇用制度を利用しないことになり、定年退職として扱われます。条件面で不満がある場合は、まず人事に金額の根拠や役割の詳細を確認し、交渉の余地があるかを探ることから始めましょう。
Q. 再雇用を選んだ後、途中で退職に切り替えることはできますか?
A. 契約期間中でも本人都合で退職することは可能です。ただし失業給付の受給条件や、次の仕事を探す期間の生活費については事前に見通しを立てておく必要があります。
Q. 再雇用と完全退職、どちらが多数派ですか?
A. 厚生労働省の高年齢者雇用状況等報告によると、65歳までの継続雇用制度を利用する人が大半を占めており、完全退職を選ぶ人は少数派です。ただし退職金や資産状況によって最適な選択は人それぞれ異なります。
再雇用か完全退職か、どちらを選んでも人生の新しい章が始まることに変わりはありません。数字と気持ちの両方を書き出したうえで、自分にとって納得できる方を選びましょう。
実際に再雇用か完全退職かで悩んだ方の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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