2,000万円、3,000万円といったまとまった退職金が振り込まれた直後は、銀行や証券会社からの営業連絡が一気に増える時期でもあります。「せっかくの大金だから増やしたい」という気持ちにつけ込む形で、後悔につながりやすい失敗パターンがいくつか存在します。ここでは実際によくある失敗例を具体的に挙げながら、退職金運用で避けたい判断を整理します。
失敗1:退職金専用定期預金の高金利キャンペーンにつられる
銀行の窓口でよく見かけるのが「退職金専用定期預金、年利3%」といった案内です。数字だけ見ると魅力的ですが、この高金利が適用されるのは多くの場合3か月程度に限られ、しかも「定期預金と同額以上の投資信託や保険商品を同時に購入すること」が適用条件になっているケースがほとんどです。仮に1,000万円を3%の3か月定期に預けても、実際に受け取る利息は税引き前で7万5千円程度にすぎません。その代わりに購入させられる投資信託には販売手数料3%前後、信託報酬年1.5%前後がかかる商品も珍しくなく、手数料だけで定期預金の優遇分を上回ってしまうことがあります。案内を受けたら、まず「セットで買う商品の手数料」と「定期預金で得られる利息」を並べて計算し、差し引きでプラスになるかを確認してください。
失敗2:窓口担当者の勧めをそのまま一括で購入する
退職金が入った直後、銀行や証券会社の担当者から「この商品がおすすめです」と勧められ、比較検討をせずにその場で大きな金額を一括契約してしまう人がいます。ある62歳の男性は、退職金2,500万円のうち1,800万円を、窓口で勧められた毎月分配型の投資信託にその日のうちに一括投入しました。数か月後に基準価額が下落し、分配金の一部が元本の取り崩しで支払われていたことに気づき、実質的に資産が目減りしていたことを知って解約に踏み切っています。1つの窓口、1つの商品だけで判断するのではなく、複数の金融機関で同じ資金の運用プランを聞き比べ、手数料体系(購入時手数料・信託報酬・信託財産留保額)を書面で並べてから決めるだけで、こうした失敗はかなり防げます。
失敗3:短期的な値下がりに慌てて売却する
退職金の一部を投資信託や株式に振り向けた後、相場が大きく下落する局面は誰にでも訪れます。このとき、含み損を抱えたまま狼狽して売却し、損失を確定させてしまうのも典型的な失敗パターンです。特に退職金は「これ以上減らしたくない」という心理が強く働くため、下落局面で冷静さを保つのが難しくなります。売却する前に、そもそもその資金が生活費として今後数年以内に必要な資金なのか、それとも当面使う予定のない余裕資金なのかを分けて考えることが有効です。生活費用の資金は最初から値動きのある商品に入れず、余裕資金だけを長期運用に回しておけば、目先の下落に生活が左右される事態そのものを避けられます。
失敗4:生活費まで一括で投資に回してしまう
退職金全額を「まとめて増やそう」と考え、当面の生活費まで投資商品に組み込んでしまうケースもあります。相場が良いときは問題になりませんが、いざ医療費や住宅の修繕費など急な出費が必要になったタイミングで相場が下がっていると、損失を確定させてまで現金化せざるを得なくなります。目安として、少なくとも生活費の1〜2年分は預金など元本保証のある形で確保し、投資に回すのはそれ以外の余裕資金に限定するのが基本です。退職後の家計簿・支出の見直し方で年間の支出額を把握しておくと、この「確保すべき生活費」の金額を具体的に算出できます。
失敗5:仕組みがわからない複雑な商品に手を出す
「元本確保型」「年〇%保証」といった言葉とともに勧められる仕組み債や外貨建て保険も、退職金運用でトラブルになりやすい商品です。仕組み債は一見高い利回りが提示されていても、株価指数が一定水準を下回ると元本が大きく毀損する条件(ノックイン条項)が組み込まれていることがあり、商品説明書の細かい条件を理解しないまま契約すると、想定外の損失につながります。外貨建て保険も、為替手数料や解約控除の仕組みが複雑で、円換算した実質利回りが提示された数字より低くなることが少なくありません。担当者の説明を聞いて「なぜそのリターンが得られるのか」を自分の言葉で説明できないと感じたら、その場では契約せず、商品説明書を持ち帰って別の専門家に確認する時間を取ってください。
NISAなど、じっくり時間をかける方法との対比
ここまで挙げた失敗の多くは「短期間で大きく増やそう」とする焦りから生まれています。対照的にNISA口座の使い方(退職後の資産運用)で紹介したような非課税制度を使った運用は、毎月一定額を積み立てながら長期で保有することを前提にしており、退職金を一括で高リスク商品に投じるやり方とは性質が異なります。退職金を運用に回す場合も、一括ではなく数か月から1年程度かけて時期を分散して投資する「時間分散」を取り入れると、購入直後の急落による打撃を和らげやすくなります。iDeCo・企業型DCの受け取り方と税金で受け取った一時金がある場合も、同じ考え方で運用先を検討するとよいでしょう。
契約前にもう一段確認しておきたいこと
金融商品の契約書には「クーリング・オフ」が使えないものが多く、いったん契約すると簡単には解除できません。契約前に、想定される最大損失額、途中解約時のペナルティ、毎年かかる手数料の実額を担当者に紙に書いて説明してもらうと、口頭説明だけでは見えにくいコストが明らかになります。判断に迷う場合は、特定の金融機関に所属しない独立系のファイナンシャルプランナーに相談し、その提案内容が自分にとって妥当かどうかセカンドオピニオンを取る方法もあります。契約後にクレジットカードの引き落としや口座管理が煩雑にならないよう、退職後のクレジットカード維持と審査の注意点とあわせて、退職金を動かした後の口座構成も一度整理しておくと管理がしやすくなります。
よくある質問
Q. 退職金は一切投資に回さず預金だけにするのが一番安全ですか?
A. 元本割れのリスクはなくなりますが、インフレで実質的な価値が目減りするリスクは残ります。生活費として確実に必要な分は預金で確保しつつ、余裕資金の一部は時間をかけて運用に回すという分け方が現実的です。
Q. 退職金専用定期預金のキャンペーン自体は利用してもいいですか?
A. 条件を正確に理解したうえでなら利用価値はあります。セット購入が必須の商品の手数料と、優遇金利で得られる利息額を紙に書いて比較し、差し引きでマイナスにならないかを確認してから申し込んでください。
Q. 値下がりした投資信託は損切りすべきですか、持ち続けるべきですか?
A. その資金をいつ使う予定かによります。数年以内に使う予定のない余裕資金であれば、短期の値下がりだけで判断せず、当初決めた保有方針に沿って様子を見る人が多いです。判断に迷う場合は、購入時に相談した担当者以外の第三者にも意見を聞いてみましょう。
退職金の失敗の多くは「急いで結論を出したこと」が原因になっています。案内を受けたその場で契約せず、複数の選択肢を比較し、生活費と余裕資金を最初に切り分けておくだけで、避けられる失敗はかなりの部分をカバーできます。
実際に退職金運用で試行錯誤した人の体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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