定年退職を控えると、退職金の額や使い道に意識が向きがちだが、「どの口座で、どの金融機関で受け取るか」という手前の判断を後回しにしている人が多い。退職金は一度にまとまった金額が振り込まれるため、受け取り先を決めるタイミングそのものが、その後の資産運用や生活設計に影響する。会社から「退職金の受取口座を教えてください」と聞かれてから慌てて給与振込口座をそのまま書く前に、確認しておきたいポイントを整理する。
受け取り口座を決める前に確認すべき3つのこと
会社指定の「給与振込口座」でそのまま受け取っていいか
多くの企業は退職金も給与と同じ口座に振り込む運用になっているが、就業規則や退職金規程には「本人が指定する口座」とだけ書かれているケースがほとんどで、実は振込先を変更できる。給与振込口座がメガバンクの普通預金であれば、退職金を含めた数百万円から数千万円が普通預金金利(年0.001~0.02%程度)のまま眠ることになる。振込先を変更したい場合は、人事担当者に退職金支払いの申請書式を確認し、遅くとも退職日の1〜2か月前には口座指定の書類を提出しておく必要がある。
退職金専用定期預金の「特別金利」のからくり
地方銀行や信用金庫の多くは「退職金応援プラン」「セカンドライフ定期預金」といった名称で、3か月ものの特別金利定期預金を用意している。年1.0〜3.0%程度の金利が提示されることが多いが、これは3か月限定の適用であり、年利換算の数字がそのまま1年続くわけではない。しかも大半の商品は、同時に投資信託や保険商品との「抱き合わせ契約」が条件になっており、預入額の半分以上を投資信託に振り向けないと優遇金利が適用されない設計になっている。金利の表示だけを見て申し込むと、想定していなかった手数料付きの金融商品を一緒に契約してしまうことになる。
一つの銀行に集中させるリスクと1000万円のペイオフ上限
退職金と企業年金の一時金、それまでの貯蓄を合算すると、1つの金融機関の預金残高が1000万円を超える人は珍しくない。預金保険制度によって保護されるのは1金融機関につき元本1000万円とその利息までで、それを超える部分は金融機関が破綻した場合に全額が戻る保証がない。退職金の受け取り口座を決める段階で、既存の預金残高と合わせて1000万円を超えそうであれば、複数の金融機関に分けて受け取る、あるいは受け取り後すぐに一部を別口座へ移す計画を立てておく必要がある。
金融機関ごとの特徴と選び方の目安
メガバンクは店舗数とATMの利便性は高いが、退職金専用プランの金利優遇幅は地方銀行やネット銀行に比べて小さい傾向がある。地方銀行・信用金庫は特別金利が高めに設定されている一方、前述の抱き合わせ条件がついていることが多く、条件を読み込む手間がかかる。ネット銀行は店舗を持たない分、普通預金金利自体が0.1〜0.2%程度と最初から高めで、抱き合わせ商品なしで受け取れる商品も増えている。ただし通帳がなく、対面で相談したい人には不向きな面もある。退職金の受け取り先を1行に絞る必要はなく、生活費用の口座、特別金利定期預金用の口座、将来の運用に回す口座と、目的ごとに分けて振込先を指定する人も増えている。
実際にあった判断のつまずき
ある元メーカー営業職の63歳男性は、退職前に取引のあった地方銀行の担当者から勧められるまま、退職金2200万円のうち1800万円を「退職金応援定期預金」に預け入れた。3か月後に金利が通常の普通預金金利(年0.02%)に戻ることは説明を受けていたが、同時に契約していた投資信託が値下がりし、当初の説明にあった「元本保証」という言葉は定期預金部分にしか当てはまらないことを後から知った。退職金の運用でつまずいた人の事例を見ると、金利の高さだけで判断せず、投資信託の手数料や解約条件まで書面で確認していれば防げたケースが多い。
退職金と企業年金の一時金を同時に受け取る場合の窓口の違い
企業年金の一時金と退職金を同じタイミングで受け取る人は、振込先の指定書類が別々になっている場合が多いことに注意する。会社の人事部門経由で受け取る退職金と、企業年金基金や信託銀行経由で受け取る一時金とでは、申請窓口も必要書類も異なる。一時金と年金を併用して受け取る仕組みや、退職金の受け分けを一時金型と年金型でどう配分するかを先に整理しておくと、口座指定の段階で迷いにくくなる。
受け取り前に済ませておきたい手続き
退職金の振込先を指定する際は、口座名義が退職時の氏名と一致しているか、キャッシュカードの有効期限が切れていないかを事前に確認しておく。結婚や離婚で姓が変わったのに口座名義を旧姓のまま放置しているケースでは、振込が保留になり、退職金支払日から数週間受け取れないことがある。また、退職所得の受給に関する申告書を提出しないまま退職金を受け取ると、通常より高い税率で源泉徴収されるため、人事担当者から書式を受け取ったら退職日までに必ず提出する。この申告書の提出有無で最終的な手取り額がどう変わるかは、退職所得控除の計算方法と合わせて確認しておくとわかりやすい。マイナンバーの提出を求められる場合もあるため、通知カードまたはマイナンバーカードの写しを準備しておくと手続きがスムーズになる。振込先の指定書類は、退職前に会社へ提出する書類一覧にまとめて記載されていることが多いので、退職金の項目だけ見落とさないようにする。
受け取り後の資金の置き場所をどう考えるか
退職金を受け取った直後にすべてを投資に回す必要はなく、当面の生活費として2年分程度を普通預金に残し、残りを特別金利定期預金や国債など元本割れしにくい商品に振り分ける人が多い。住宅ローンが残っている場合は、持ち家がある場合の退職金の資金計画を先に立てておくと、繰上返済に回す額と手元に残す額の線引きがしやすい。退職金の使い道を家族で話し合う時間を取らないまま、金融機関の窓口で提示された商品をその場で契約してしまうと、後になって「もっと調べてから決めればよかった」と感じる人が少なくない。受け取り口座を決める段階から、当面の生活資金と将来に回す資金を分けて考えておくと、窓口での判断もしやすくなる。日々の支出の見通しは家計簿の見直し方とあわせて整理すると、生活費として残す金額の目安が立てやすい。
よくある質問
Q. 退職金の受取口座は退職後に変更できますか。
A. 会社への振込先指定は退職金支払い前までであれば変更できることが多いが、一度振り込まれた後に金融機関を変えるには、通常の口座振替や送金手続きが必要になる。振込手数料がかかる場合もあるため、受け取り前の段階で口座を確定させておくほうが手間は少ない。
Q. 退職金専用定期預金は必ず申し込むべきですか。
A. 金利優遇の条件として投資信託などの購入が付いている商品が多いため、抱き合わせ契約の内容と解約条件を書面で確認したうえで判断する。特別金利の期間が3か月程度と短い商品が大半なので、その後の資金の置き場所まで含めて考える必要がある。
Q. 退職金と企業年金の一時金を同じ口座で受け取ってもいいですか。
A. 同じ口座にまとめて受け取ること自体は可能だが、合算すると1000万円を超えるペイオフの上限を意識し、複数の金融機関に分散させるかどうかを、受け取り前に決めておく人が多い。
実際に退職金の受取口座選びで悩んだ体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


コメント