退職金を受け取るとき、多くの人は振込額しか見ていませんが、実はその金額が「正しく税金を引かれた後の金額」なのかどうかは、退職前に提出する一枚の書類で決まります。それが「退職所得の受給に関する申告書」です。この書類を出したかどうかで、手取り額が数十万円単位で変わることもあります。
退職所得の受給に関する申告書とは
退職金は「退職所得」として、給与とは別に税金が計算されます。退職所得には長年の勤続をねぎらう意味合いから「退職所得控除」という大きな非課税枠が設けられており、控除後の金額はさらに2分の1にして税率をかけるため、税負担がかなり軽くなる仕組みです。ただしこの優遇計算を会社が源泉徴収の段階で適用するには、退職者本人が「退職所得の受給に関する申告書」を退職金の支払者(勤務先や企業年金の実施機関)に提出しておく必要があります。
提出した場合としなかった場合の差
勤続38年で退職金2500万円を受け取るケースで考えます。退職所得控除額は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で計算され、38年勤続なら800万円+70万円×18年=2060万円です。退職所得は(2500万円-2060万円)÷2=220万円となり、ここに所得税・住民税の税率をかけるだけなので、実際の納税額は数万円から十数万円程度に収まります。
ところが申告書を提出していないと、支払者は控除を一切適用できず、退職金の総額に一律20.42%の源泉徴収(所得税及び復興特別所得税分)を機械的に行います。2500万円であれば源泉徴収額は約510万円にもなり、本来納めるべき税額との差額が数百万円単位で発生することになります。
ある六十代男性のケース
ある元メーカー勤務の六十二歳男性は、人事部からの説明を聞き流してしまい、申告書の提出期限を退職日ぎりぎりまで忘れていました。総務担当者から「今日中に出さないと概算で源泉徴収します」と念押しされて慌てて記入したと振り返っています。もし提出が間に合わなければ、退職金の振込額が想定より数百万円少なくなっていたはずです。
提出を忘れた場合の対処法
もし申告書を提出しないまま20.42%の源泉徴収がされてしまっても、取り戻す方法はあります。退職した翌年の確定申告期間(2月16日から3月15日ごろ)に、税務署へ確定申告をすれば、正しく計算した退職所得税額と源泉徴収済み税額との差額が還付されます。退職所得の源泉徴収票を勤務先からもらい、申告書に添付する形で手続きを行います。国税庁のe-Taxを使えば自宅からでも申告できます。
提出のタイミングと必要書類
申告書は退職金が支払われる前、通常は退職日までに勤務先の人事・総務部門へ提出します。会社によっては退職手続き一式の書類の中に含まれていることが多く、他の離職書類とまとめて渡されるケースがほとんどです。マイナンバーの記入が必要になるため、通知カードやマイナンバーカードを手元に用意しておくとスムーズです。前年以前に他の会社からも退職金を受け取っている場合は、その退職所得控除額との通算が必要になるため、前の退職金の源泉徴収票も併せて提出を求められます。
電子申請に対応する企業も増加
従来は紙の申告書に手書きで記入して提出するのが一般的でしたが、近年は人事労務システムを通じて電子的に「退職所得の受給に関する申告書」を提出できる企業も増えています。国税庁も一定の要件のもとで電磁的方法による提出を認めており、退職前に人事システムのマイページから入力するだけで手続きが完了する会社も出てきました。ただし中小企業ではまだ紙提出が主流のため、退職手続きの案内資料に記載がない場合は総務担当者に確認しておくと安心です。
複数の退職金を受け取る場合の注意点
会社の退職一時金に加えて、企業年金の一時金や確定拠出年金の一時金をまとめて受け取る人も少なくありません。これらを同じ年に受け取ると、退職所得控除は合算されたうえで一度しか使えないため、それぞれの支払者に正しい勤続年数や過去の受給状況を申告しないと、控除の重複適用や過少申告につながります。退職金の受け取り方を一括にするか年金形式にするかで税額が変わる点は、iDeCoの受け取りを検討する際の考え方とも共通しますので、iDeCoの受け取り方と税金の関係もあわせて確認しておくと判断しやすくなります。また、退職所得控除の計算そのものをもう少し詳しく知りたい場合は退職金の所得控除額の計算方法が参考になります。
短期退職手当等に注意
令和4年(2022年)分の所得税から、勤続年数が5年以下の「短期退職手当等」については、2分の1課税のルールが一部制限されました。退職所得控除を差し引いた残りの金額のうち300万円を超える部分は2分の1をせずそのまま課税対象になります。定年退職者の多くは勤続20年以上でこの制限を受けませんが、定年後に再就職した会社を数年で辞めて退職金を受け取る場合には該当することがあるため、勤続年数が短い退職金がある人は源泉徴収票の記載内容を確認しておく必要があります。
退職所得の源泉徴収票の見方と再発行
退職金の支払者には、退職後1か月以内に「退職所得の源泉徴収票」を本人へ交付する義務があります。この書類には支払金額、源泉徴収税額、勤続年数、退職所得控除額の計算根拠が記載されており、確定申告や還付申告を行う際に必ず必要になります。紛失した場合は、退職した会社の経理・総務部門に再発行を依頼するか、それでも入手できない場合は所轄の税務署に相談すれば、会社側の支払調書の記録をもとに手続きの案内を受けられます。
住民税への影響も忘れずに
退職所得にかかる税金は所得税だけでなく住民税も源泉徴収(特別徴収)の対象です。こちらも申告書の提出有無にかかわらず勤続年数に応じた控除計算が適用される点は所得税と共通していますが、退職金にかかる住民税の詳しい仕組みは退職金と住民税の関係で解説しています。あわせて、退職後の確定申告全般については退職後の確定申告のやり方、e-Taxでの手続きはe-Taxで確定申告をする方法、退職金の受け取り方全般については退職金の受け取り方の選び方も参照してください。割増退職金が支給された場合の税金の扱いは割増退職金にかかる税金で確認できます。
よくある質問
Q. 申告書を出し忘れたことに数年後に気づいた場合でも還付されますか。
A. 還付申告は原則として退職した年の翌年から5年以内であれば可能です。退職所得の源泉徴収票を紛失していても、勤務先や税務署に再発行を依頼できるので、心当たりがあれば早めに税務署の窓口で相談してください。
Q. 退職金を年金形式で分割して受け取る場合も申告書は必要ですか。
A. 一時金として受け取る部分には退職所得の申告書が必要です。年金形式で受け取る部分は雑所得(公的年金等)として扱われ、税務署への確定申告で公的年金等控除を適用する流れになるため、申告書の提出対象にはなりません。
Q. 申告書はマイナンバーカードがないと提出できませんか。
A. マイナンバーカードがなくても、通知カードと運転免許証などの本人確認書類の組み合わせで提出できます。会社によって求める書類が異なるため、退職前に総務担当者へ確認しておくと当日慌てずに済みます。
実際に退職所得の受給に関する申告書の提出忘れや、還付申告で税金を取り戻した体験談も取材しています。ご自身の経験を話してみたいという方は取材にご協力ください。


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